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📔世界を渡った子育てノートを始めます|多言語育児とホームスクールの記録

「どうやって子どもを英語メインに育てたのですか?」

そう聞かれることがあります。

けれど、正直に言うと、わが家には最初から完成された教育法があったわけではありません。
両親のどちらも英語ネイティブではなく、家の中が最初から英語だけの環境だったわけでもありません。

それでも、日本からイギリス、フランスへと移り住み、一度日本へ戻り、シンガポールを経て、再び日本へ。そんなふうに環境が変わるたびに、子どもの言葉は少しずつ変わっていきました。

11歳までホームスクールをしたこと。英語、フランス語、日本語が混ざる家庭で育ったこと。そして帰国後に日本の学校も経験したこと。そのすべてが、子どもの言葉や考え方に影響していったのだと思います。

このnoteでは、英語教育の正解を語るのではなく、国際家庭で子どもを育ててきた親として、実際に起きたこと、うまくいったこと、迷ったこと、後悔したことを少しずつ記録していきます。

多言語育児や海外子育てについて調べると、きれいに整理された方法論や成功例はたくさん見つかります。けれど実際には、予定通りにいかないことの方が多く、親の迷いや不安も、その時々で変わっていきました。

英語が伸びた一方で、日本語をどう維持するかに悩んだこと。
ホームスクールを選んだからこそ良かったこと。
逆に、もっと早く外の環境に入れてもよかったのではないかと思ったこと。
国や学校が変わるたびに、子どもの言葉や性格、学び方が少しずつ変わっていったこと。

そうしたことは、教材のレビューや教育論だけではなかなか伝わりません。だからこそ、うまくいったことだけでなく、悩んだことや遠回りしたことも含めて、できるだけ正直に残していきたいと思っています。

もし同じように、子どもの言葉や教育、海外での暮らし、国際家庭の子育てに迷っている方がいたら、わが家の記録が少しでも参考になればうれしいです。

まずは次の記事から、わが家がなぜ11歳までホームスクールを選んだのか、その背景から少しずつ書いていきます。

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世界を渡った子育てノート📔 読んでくださりありがとうございます。 少しでも参考になりましたら、応援していただけるとうれしいです。 これからも、多言語育児・ホームスクール・海外子育ての記録を少しずつ綴っていきます!

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