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ドリーファンクジュニアさん逝く 享年85歳 ジャイアント馬場さんが信頼したプロレスラー


友人が久しぶりの連絡が入り、何かと思ったら、プロレスラードリーファンクジュニアさんの訃報を知らせるLINE。

2026年8月4日、ホスピスで亡くなったと書かれていました。
最後は、癌と闘っていたのかと。3歳年上の盟友ジャイアント馬場さんと同じ病で、最後を迎えたのを思い出しました。

ドリーファンクジュニアさんは、目立つことを嫌う様なところがあり、タッグを組めば、弟のテリーファンクさんを主役にしていました。馬場さんとのタッグを組んでも同じ、自分は、目立つことはしない、そう言うドリーファンクジュニアさんが大好きでした。
実力も申し分なく、1974年28歳の時に、その時、全米ナンバーワンのテリトリーのNWAの世界チャンピオンになり、4年3ヶ月の長きに渡り、王者として君臨しました。
プロレスのチャンピオンは、お客を集客できなければならない。そして、各地区のチャンピオン達を強く見せて(中にはプロレスが下手な人がいても)、最後は負けないというのが鉄則。
相手に投げられて、相手を強く見せる受身も最高峰。
日本のレスラーの指導者としても、ジャンボ鶴田さん、天龍源一郎さん等、名レスラーに育ててくれました。
私が、プロレスラードリーファンクジュニアを知ったのは、全日本のプロレス主催の世界オープンタッグ選手権、1977年12月15日、私が中学2年の冬でした。
ドリーファンクジュニアさんは、弟のテリーファンクさんと組んで(ザ・ファンク)優勝。弟のテリーファンクさんがアブドラーザブッチャーさんにフォークで刺され腕が血だらけになりながらの優勝でした。
この試合で、私はその後、何十年とプロレスファンになることになります。

全日本プロレスでは、外国人選手のブッカーとして、スタンハンセン、テッドデビアス選手を日本に来日させ、私たちに名勝負を楽しませてくれました。

こんな温厚なレスラー見たことない。ご冥福をお祈りします。

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