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何やってんだ自分!

 これは、日本の片隅に棲息するみつきようかと言う人間の日常を記した物語である。過去の日常と現在の日常が混在している。書いている最中に、執筆者のみつきようかが作中のみつきようかに対して思った事をタイトルにさせていただいた。
 それでは始まり始まり。

 1.やはり「薬」草

 日本のある島のある高台に冬の間だけオープンする食事処があった。某国にお住まいの日本人夫婦が、その時季だけ来日し、島の高台にある日本家屋を借りてオープンしていたのである。某国と記すと怪しげな国であると思われそうだが、日本ともちゃんと国交のある、古い例えだが西か東かで言えば西側の国である。私はこの食事処の存在をネットで知った。毎年冬場だけのオープンと言うところに興味を持ち、インスタを見ると料理もなんだか、イタリアン、フレンチ、和食、と単純に分類出来ない独特なアレンジやミックスが施されたもので、行ってみたくなったのである。
 車を走らせて到着してみると、時間がまだ昼少し前だったせいか、客は私だけであった。高台からは漁船が行き交う穏やかな蒼い海と、整然とした町並みや濃い緑の山並みが見渡せ、一言で言えば素晴らしいロケーションなのだった。料亭のような玄関から、私と同年代ぐらいのほっそりした綺麗な奥様が作務衣姿で迎え入れてくれ、広い和室に通された。出していただいた月桃の温かいお茶を飲みながら話を聞くと、この日本家屋はかつてある大企業の夏の保養所として使われていたそうだ。確かによく見てみると、掃き出し窓のカギは巻貝をあしらったデザインであり、欄間は波をかたどっている。掃き出し窓から見える庭には小さな池と石灯篭が見え、時折猫がとことこ通り過ぎていった。猫はともかく家屋は手の込んだ豪華な造りであることは明らかだった。
 テーブルの上に差し出されたメニュー表は二種類あった。一枚は食事の、もう一枚はデザートとドリンクのものであった。食事の方は分かりやすかったが、デザートの方は日本語表記なのに知らない単語がいくつかあった。食事をオーダーした後、知らないデザートについて、私は奥様に尋ねた。
「セミフレッドって何ですか?」
「そうですね。それに一番近いのはアイスケーキですね。アイスケーキほど完全に凍らせてなくて、少しシャーベットっぽい食感で、ピスタチオやアーモンドを混ぜて固めてあります」
「じゃあそれと……」
 もう一つ、気になるものがあった。
「ホーリーバジルのパンナコッタってどんなものでしょう?パンナコッタは知ってるんですが……」
 奥様は笑顔で答えてくれた。
「ホーリーバジルと言うのはハーブの一種でして。免疫力の向上や体の炎症を抑えるなど、色んな効果があります。アーユルヴェーダでも良く使われますね。そのホーリーバジルの葉をミキサーで細かくして、パンナコッタに混ぜたものです」
「へぇ~」
 説明はちゃんと聞いていたが、ホーリーと言う言葉からぼんやり悪魔祓いを連想していた。私ちょっと体内の魔を祓わなければいけないかも、と思ったが、食事した後で二つもデザートを食べるのはきつい。そんな私の思いを表情から読み取ったのか、奥様は言った。
「よろしければ、パンナコッタはテイクアウトも出来ますよ。保冷剤お付けします」
「そうなんですか?じゃあテイクアウトお願いします」
「かしこまりました」
 そして奥様は私の住む町までの所要時間を聞き、厨房へ向かった。調理を担当しているのは主にご主人で、もともとはイタリアンの料理人であるそうだ。それはともかく一時間ほどで食事とデザートを終えた私はパンナコッタをテイクアウトして店を後にした。そしてその日の夕食後のデザートとしていただいたのである。少し爽やかな味のパンナコッタだった。
 その夜私は夢を見た。
 三羽のフクロウが何者かによって何らかの手段で殺されているのである。それも殺戮はまだ続きそうだった。殺害者は複数いるのだが、シルエットのようになっていて、全員男であるらしいことが分かるぐらいだ。夢の中の私は目の前の惨劇に魂の底からの恐怖を感じながら半泣きで「だめだよ!だめだよ!」と必死に男たちを止めようとしていた。
 そこでハッと目が覚めた。心臓がバクバク言っているのが分かった。
(夢か……)
 目が覚めたと言っても頭の半分は眠気に支配されていた。それでも
(夢で良かった……!)
 と死ぬほど安心した私は大きく息をつき、寝返りを打った。しばらく夢のショックが抜けなかった。それでも何とか落ち着いてきた頃、思ったのだ。
(聖なる草を食べたはずなのに……)
 何とも言えない落ち込んだ気分に見舞われた。
 原因としてそれしか考えられなかった。普段食べつけないものを食べたからだ。それにしてもこんな凄まじい夢見せなくたっていいじゃないか。何の成分があんな夢を見せたのか。
 後日この話を妹にしたら、
「キメちゃった感じ!?」
 と大口を開けて笑った。
「やっぱ日本人はそんなの食べたらいかんもん。大葉とか山椒とかを食べとかな」
「確かにさ……大葉や山椒で悪夢見た事ないしね……」
 食事処の名誉のために言っておくが、ホーリーバジルは確かにただのハーブである。やはり私の体内には魔が巣食っており、ホーリーバジルの成分がそこに反応したのかも知れない。もしも夢におけるホーリーバジルの象徴がフクロウであるなら、私の体内に巣食う魔に殲滅されてしまっていたようだが……ハーブは薬草。思わぬ作用を見せる事もあるのだろう。
 こういう不思議な経験をさせてもらった食事処であるが、今はもう営業していない。ご主人が某国で料理人として結構な要職に就かれ、定期的な来日が難しくなったそうだ。悪夢の件の後も何となく不思議な異空間な感じが面白くて何度か通って顔も覚えていただいていたので、ご栄転(?)はおめでたい事だが少々寂しい。お元気で働いていて欲しい。
 

2.愛し過ぎたが故の悲劇
 
 中学一年生の頃、三日月藻と勳章藻が好きだった。理科の授業でプランクトンの観察があると、顕微鏡の接眼レンズ越しに、円形の範囲内にくまなく目を巡らせ、三日月藻を発見すると心の中でこっそりニヤけていた。しかし勳章藻にはまるで縁がなかった。あまりに見つけられなさ過ぎて、小さい頃住んでた町の山の中にあった緑色の沼の水を採取して観察したら見つけられるかも、とまで考えてしまった。
 姉の前で
「三日月藻と勳章藻、可愛い」
 と発言して危険視されたのも忘れてはいない(更に高校時代の私は姉に「桑実胚って可愛いよね」と発言し、危険視の上塗りをした)。
 ミクロの世界のこんなに可愛くて不思議な存在がどうして愛されていないのだろう。みんなあの顕微鏡に写し出された自然の造形美を見て何とも思わないのだろうか――こんなことを中学一年生の女子が真剣に考えていたのである。思えば私は、やはり中学一年の時、理科の授業で見せてもらった硫酸銅の結晶のコバルトブルーにも魅せられて、理科の先生に
「結晶下さい」
 とお願いした事もあった。無論却下された。後に知った事だが、硫酸銅は劇物指定されている結構危険な物質なのである。生徒からそんなお願いをされた先生の胸中には「こいつの将来は……」と不安が渦を巻いたに違いない。
 三日月藻と勲章藻への思いを募らせた私は、とうとう脳内で二つの藻に捧げる歌まで再生するようになっていた。
 特に歌詞らしい歌詞はなく、ただ二つの藻の名をリフレインするだけの歌であった。
「もっ♪みかづきもっ♪みかづきもっ♪」
 の『みかづきもっ♪』部分を気の済むまで繰り返したところで
「くっ♪くんしょうもっ♪くんしょうもっ♪」
 と主役がすり替わる。そこもやはり『くんしょうもっ♪』部分を気の済むまで繰り返し、あとは私の気の向くままに、三日月藻になったり勲章藻になったりして、ラストを迎えるのである。
 その日家にいた私は何となく暇だったので何となくその歌を口ずさんでいた。周りには誰もいないと思っていた。ところが現実は無情であった。
「だぁっはははは……!」
 妹のけたたましい笑い声が私をびくっと震わせた。
「何それ!その歌!」
「う、うるさい!」
 今にも私を指さして今以上にせせら笑いそうな妹に、私は全身に羞恥の汗をかきながら言った。
「好きだからつい歌っちゃったんだよ……勝手に頭に浮かんできちゃって……」
「面白い」
「え?」
「あたしにも教えて」
「……いいけど、何で?」
「一緒に歌って録音しようよ」
 意外な申し出であった。今になって思えば妹も暇だったのだろう。そう言えば妹の、笑いに対する感性は、姉よりも私に近い。それはさておき、絶対に小馬鹿にされると思っていたら好意的に受け取ってもらえた事ですっかり心が軟化した私は、妹の提案が非常に面白い事のように思えてしまった。
「……新しいテープ、買わなきゃないけど……」
 録音と言えばまだカセットテープが主流の時代であった。
「本棚の隅に古いテープがずーっと置いてあるじゃん?あれ使って良いんじゃない?」
「そうか。じゃあやるか」
 私は立ち上がって本棚がある部屋に行き、積み重ねて置かれていたカセットテープのうち、一番上にあった物を持ってきた。妹はラジカセを準備して待っていた。
「まずは歌を教えるね」
 そう言って歌い出したは良かったが、私も妹も途中で笑いが吹き上げてきてどうしようもなくなった。込み上げるなんてものじゃない、間欠泉のように吹き上げるのである。
 それでも何とか平静に歌えるようになり、いきなり歌に入るよりはまず何か一言言った方が良いと言う意見が出て、口上を考えた。そして私はラジカセにテープをセットし、録音ボタンを押した。
「ようかと」
「ゆうかの」
 そしてハモッた。
「素晴らしい歌をお聞きください!オリコン一位に輝いた『三日月と勲章』です!」
 ――おおむねこのような口上だったと記憶している。
「もっ♪みかづきもっ♪」と私が歌い出すと、妹も一小節遅れて「もっ♪みかづきもっ♪みかづきもっ♪」と輪唱する形式だった。更に勲章藻の輪唱に移り、再び三日月藻に戻り、を繰り返して、ラスト
「ヘドロじゃないよ♪アオミドロッ♪ジャンッ♪」
 それまで影も形もなかったアオミドロがいきなり出現するのである。こうして書いていても、この時の私たちが常軌を逸した行為に走っていたことが良く分かる。だが当時の私たちは歌い終わった達成感まで得てしまい、
「イエーイ!」
 と叫んで録音スイッチを切った。巻き戻して自分たちの声を聴き、また笑い転げていた。
 さらに何を思ったのか、私はそのテープをもとの場所に返した。忘れ去られて誰も聞くことのないテープだと思っていたのだ。しかもそのまま、私もすっかり忘れてしまった。
 事が起こったのは録音から結構日数が経った頃だった。
 その夜仕事から帰ってきた父親の様子が変だった。居間に入ってくるなり私と妹に
「お前らは何をやっとるか!バカな真似ばっかり……」
 父は明らかに怒っているのは分かったが、ちゃんと叱ろうとする端々で「ブハッ」と笑いが漏れ出してしまうのをどうにか抑えようとしているように見えたのだが……そのまま語尾はゴニョゴニョしたものとなり、やがて聞こえなくなった。しかし父が着替えを取るために和室に入ると、母を相手に何かしら文句を言っているのが聞こえた。
(あたしらに怒ってる?何で?)
 同じ事を感じたであろう私と妹は顔を見合わせ、さっさと部屋に避難した。私の三日月藻と勳章藻への愛は消えていなかったが、それらを歌にして録音した事は、本当にすっかり忘れていたのだ。
「ようとゆうはどこに行ったか!」
 居間に移動してきた父の、まだ苦々しそうな声と、
「もう良いでしょう、ホントに……」
 笑いを噛み殺したような母の宥める声がハッキリ聞こえた。
「出て行っても大丈夫そうかな……?」
「……もう少し待て」
 私は妹を宥め、
「別に何もした覚えないけどなあ」
 と、信じがたい言葉を呟いた。
 その時姉が部屋に来て私と妹に言った。
「あんたたちさ、お父さんのカセットに何か入れた?」
「あっ」
 私と妹は同時に声を上げ、顔を見合わせた。次の瞬間私の口からは、
「入れたぁ――!」
 と言う叫びを追うように、大きな笑いが飛び出した。やっと思い出した。妹は身をよじらせて笑っていた。
「……お父さんね」
 私と妹を冷たく一瞥して、姉は続けた。
「仕事に行く時聴こうと思って、カーステレオで井上陽水のカセット再生したんだって。そうしたら、あんたらの掛け声と三日月藻が何とか言う変な歌が入ってて、車の中で爆笑したんだって。でも後から腹が立ってきたんだってよ。今お風呂入ってるけど、上がってきたら謝りな」
「あははははは」
 謝れと言われても笑いが止まらなかった。
 ひどい有様の妹二人に呆れ果てたように姉が出て行くと、私と妹はヒソヒソ話し合った。
「……行くか?」
「……うん……」
 不安そうに頷いた妹を先導し、私は居間に入った。いつもカラスの行水のような父は、既に居間に落ち着いて晩酌を始めていた。私は単刀直入に聞いた。
「あのさ、あれお父さんのテープだったの?」
「誰のち思いよったんか」
 語調は落ち着いていたがまだ色々思う事がありそうだった。
「誰のとか思いもしなくて……ずっと放りっぱなしだから、いらないのかな~と……」
「新しいテープ買いに行くの面倒だったから……」
 妹が言った。
「いるから置いてあるんやろが。何で一言、使って良いか聞かんかね……」
 情けなさそうに、ため息混じりに父は言い、ビールを呷った。
「でも爆笑したんでしょ?」
 妹が突っ込んだ。
「陽水を超える名曲だったでしょ?」
 私も乗っかった。
 父は黙っていた。しかし、顔が妙に歪んでいた。
 ここで不思議なのだが、私も妹も父に謝りはしなかった。父への甘えであろうか。父も謝れとは言わなかった。もしかしたら、次女と三女の愚行に少し責任を感じるところがあったのかも知れない。
 大体、……悪いのは私と妹であるのは分かっているのであるが……姉は真面目な母のDNAを濃く受け継いだようだが、私と妹に受け継がれたおかしなDNAは100%父由来だ。何しろこの父はかつて、留守番電話の
「ピーッと言う音の後にメッセージを…」
 と言うアナウンスに、食い気味で
「どこ行っとるんかこのバカたれが!ちょこまか出て歩いてされきおって、この……」
 この……以降、ゴニョゴニョ不明瞭になり、ブツッと切れたメッセージを残した男なのだから……
 そして私は今日に至るまでリアルで勳章藻を見ていない。

3.告白

 小さい頃、我々三姉妹が七五三で着けた作り帯が自宅のクローゼットに眠っていた。帯が納められた赤地の箱には、彩り豊かな着物を着けた可愛い女の子が、繊細な刺繍が施された手毬をついて遊んでいるイラストがプリントされていた。
 イラストではなく実物の刺繍された手毬を目にする機会も幾度かあった。その全てが、ガラスケースに入っていたりいなかったりと言う違いはあれど、どちらにしても飾り物であった。その度に私は、この手毬が本当にあのイラストみたいに弾むものなのか?とうっすら考えていた。ゴムボールでなくても?と。
 ――勘の良い読者の方はもうお分かりであろう。私の親戚の家にも手毬があった。そしてガラスケースに入ってはいなかった。誰でも手に取れる状態だったのである。10歳にはなっていた頃、その親戚の家に遊びに行った私は、たまたま手毬がある部屋に一人でいる状況に置かれた。親戚の家と言う気安さがあったからだろう。私は手毬に対する疑問を解き明かしたくなった。
 まずゴムボールでドリブルするイメージで、手毬をポンと床についてみた。手毬は5センチほど跳ね上がり、その後すぐ跳躍力を失くしてコロロン、と床を転がって静止した。
 普通ならここで、
「やっぱり弾まないよね~」
 と悟るはずなのだ。しかし私はそうではなかった。
(もしかしたら、私の力が足りないのかも知れない……)
 と、今度はもっと力強く床に叩きつけてみた。力が増した分だけ手毬はさっきより多少高く跳ねたが、ドリブルは到底出来なかった。
 それでも私は物分かりが悪かった。
(昔の遊びは体力がいるんだ……)
 と、今度は渾身の力で叩きつけた。だがその瞬間、作り帯のイラストの女の子の、涼しげな表情が脳裏に浮かんだ。そこで私は、ようやく理解し始めたのだった。
(いくら昔の遊びが体力勝負だったからと言って、昔の子供は体力あったと言ったって、こんな力を連続で出し続けてあんな涼しい顔してられるはずはない)
 ……と。
 あのイラストはあくまでも演出であり過去の現実ではないとやっと呑み込めた私は、手毬と親戚に
「ごめんね」
 と謝り、手毬を元の場所に戻した。手毬を壊さなくて良かった。
 まあこんな傍迷惑な、おバカな子供だったのだ。私は。


4.頭巾の中は……

 私が通っていた高校はカトリック系の女子高である。修道院が併設されており、キリスト教の授業の時には修道女が教鞭をとっていた。
 修道女のことは当然シスターと呼ぶのだと思っていた。だが入学後仲良くなったクラスメートから、
「マ・スールって呼ぶんだよ。山田さんって名前の修道女だったら、山田マ・スールって。」
 と教えてもらった。どうやらフランス系のミッションスクールではそういう呼び方をするらしい。
 こういうことは学校側から教えられたりはしなかった。学校生活を送る中で自然と学んでいきなさいという方針だったのだろうか。修道女の呼び方に対して、教えてもらった当時の私は「変なの」と言う感想であったのだが、その後「シスター」の方がありふれてて面白味がないと思うようになってしまったのだから、慣れとは恐ろしい。
 修道女に関しては生徒たちの間で一つの噂が囁かれていた。修道女がかぶっている頭巾を、つい出来心でわざと取ってしまった生徒が退学処分になったと言うものだ。まさかそんな蛮行に及ぶ生徒がいるとは思えなかったが、過去のことは分からない。修道女の頭巾の中が私を含めた生徒たちの興味の的になっているのも確かだった。生え際が見えているから仏教の尼僧のように剃髪ではないようだが、それ以上は秘密のヴェールならぬ秘密の頭巾で覆われていて分からなかった。
 ちょうどこの頃だったろうか。司会者でありタレントである黒柳徹子さんが、髪の中にアメ玉やら鍵やらを収納していると知ったのは。その場のネタだったのかも知れないが、テレビの中で彼女は確かに髪の中から色々出して見せていた。そこで私は、もしかしてマ・スールの頭巾の中にも何かが隠されているのではないかと思ってしまったのである。もちろん本気ではなかったけれど。
 謎を抱えたまま高校二年に進級した年、友人が急に学生寮に入ることになった。お父さんの遠方への転勤が決まり、自宅から通えなくなったからだ。私以上に人見知りの激しい子だったので少々心配したが、彼女なりに寮生活に馴染んでいるようだった。そのうち私は彼女から、寮生の各部屋にはキリスト教の聖女の名前が付けられていることや、クーラーは帰寮後すぐつけても良いが深夜十二時で自動的に切られることなどを教えてもらった。
「十二時で切られるって、夜中暑くない?」
「んー。そうでもない。あたし一度寝たら朝まで起きないもん」
「そうなんだ」
 友人はもともとが南国育ちなので暑さに強いのかも知れない。私はそう思った。
「お風呂とかどうなってるの?やっぱり共同?」
「うん」
「恥ずかしくない?学校の人たちと一緒にって」
「あたしは他の人が帰ってくる前に入るから、自分だけの時が多い。でもたまにマ・スールが入ってる時もある」
「え」
 この学校はある部活動の強豪校であり、県の内外から強い選手を特待生として入学させている。よって、寮生のほとんどがその部活動に所属している生徒であり、毎日練習で帰りがかなり遅い。私が「え」と反応したのは、そちら関係に対してではなかったが。
「寮にもマ・スールがいるの?」
「交代で修道院から来るよ」
「寮母さん代わり?」
「ううん。寮母さんは他にちゃんといる」
 どう言う事だ。ちょっと考えてみた。つまりマ・スールは、寮生たちのお目付け役と言うか監視役と言うか、まあそういう役回りで来るのかも知れない。
 そして私は思った。
 友人は、マ・スールの頭巾の中を知っていると。
「……つかぬことを聞くけど、マ・スールの頭巾の中ってどうなってるの……?」
「はぁ?」
 いきなりそこに話が飛んだせいだろう。友人はあからさまに、わけ分からん、と言う表情を見せた。友人も例の噂は知っているのだが、そこまで強い探究心は持ち合わせていないようだった。
「そんなに気になる?」
「気になる」
「フツーだよ」
「フツーって?」
「あたしが見たマ・スールの場合は、髪は二つに分けて結べる程度の長さだった。わざと頭巾を取ったら本当に退学になるかどうかは、ようかちゃんが自分で確認してね」
 言葉の後半部分を発した時、友人はニヤッと笑った。
「取らないよ……」
 と答えた私は、ちょっとショックを受けていた。
 分かっている。
 私は期待し過ぎたのだ。何かが隠されているなんて本気で思っていなかったにしても、心のどこかでまだ期待していた。
 マ・スールの頭巾の中がフツーであるのは当たり前じゃないか。何をミラクルな事を考えていたのだろう。変な想像力があるばかりに。こういうところは私の悪い癖ではあると思うが、今に至るまで改まっちゃいない。
「情報提供ありがとう」
 真実など分からない方がいい場合もあるのかも知れない。友人にお礼を言いながら、そう思った。
 

#創作大賞2026 #エッセイ部門

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