Missing - 第六章「place」【創作大賞2026ミステリー小説部門応募作】
気づけば秋だと思えるような時期になったある日、錦は宇都宮と千葉県にある有名テーマパークに来ていた。
「ごめんね、遅くなちゃって」
「いえ、宇都宮さん、社会人っすし、しゃーないっす」
旅葬の話から少し時間が経ってしまっていたのだが、宇都宮の提案で舞浜に行くことになってたのだ。宇都宮いわく、森川美麗はこのテーマパークがとても好きで、まあまあな頻度で行っていたということだった。確かに彼女のSNSにもここの写真は度々上がっていたのを見た。
錦が前にこのテーマパークに来たのは少し前に付き合っていた彼女と来たときだ。錦自身が進んでこの場所に来ることは無いが、森川美麗がこの場所のことを好きというのは、なんだかごくごく普通の女性といった感じがした。
「ひっさびさだな~流石にテンションあがるわ~」まあ、今日一番テンション高いのはチヒロなんだけどな。
「しかし、俺もここに来ることになるとはな……」当然ツカサも来ている。
二人がここにいるのはチヒロの提案だ。宇都宮さんとの旅葬を行うことを二人に話したところ、チヒロが同行したがったのだ。ツカサも自分の出したアイデアとはいえとても賛成してくれて、「協力できることがあれば」ということでついてきた。
チヒロは専らただの旅行のつもりのようだが。
だが、今日はあくまでも森川美麗の軌跡を辿りに来た。チヒロは退屈したら勝手に遊んでてもらおう。
錦は今日、一眼レフを構えていた。
宇都宮の話では彼女にはカメラの趣味もあったようで、SNSに上げている写真は一眼レフで撮ったものも多いと言ってた。そこで、森川美麗の旅葬の際により心境を探れるかと考え、思い切って一眼レフを買ってしまったのだ。
しかも、その話を宇都宮にすると、森川が撮った写真のアルバムの存在を教えてもらい、宇都宮が森川の両親に話を通してくれた結果全部で4つのアルバムを錦の元に送ってくれたのだ。
アルバムを見てみると、中には古いもので森川が中学生ぐらいであろう写真もあり、ずっと写真が趣味であったことが伺えた。
森川の撮る被写体は大きく2種類あった。まずは人が被写体のもので、看護師としてお世話などをしたのだろう子供やご高齢の方の笑顔の写真、友達の写真、宇都宮の写真。そして、もう一つの被写体は、ざっくり言うと、無機物だった。誰もなにも居ない風景や街の小さな一部、コーヒーの接写や、誰もいないどこかのY字路、カーブミラーなど街の様子。日常の些細な様子が多かった。
旅葬の一環として同じ画角で写真を撮り、森川美麗に見えていた世界を覗けば、なにか感じるものがあるだろうか?
「じゃあ、行きましょうか」
カメラの設定を確認してから錦がそう言って4人で園内を歩き始めた。
撮影場所は宇都宮が把握しているので、宇都宮が錦たちを森川美麗の思い出の場所へ導く。
まずは園内に入って真っすぐ。ランドマークになっているお城を背景に写真を撮る。
ここでの写真は定番で、錦も前の彼女と写真を撮った。
周りに同じく写真を撮る人がいる中、宇都宮が森川美麗の撮った写真と同じポーズをとる。
「じゃあ、撮ります」
そして、錦はシャッターを押した。
カシャッ
カメラの画面に今撮った写真が写る。
画角的には森川美麗が撮ったものと同じだ。
ただ、錦にはなにかが違う感じがしていた。明確に説明は出来ない、雰囲気が異なる感じだ。写真に関して最低限の知識は覚えてきたつもりだが、決定的に森川美麗の撮った写真と何かが違ったのだ。
ポーズを解いた宇都宮が錦の方へ駆け寄る。
「どうだった?」
そして宇都宮がカメラを覗き込んでくる。
「え、すっごい!錦くん、上手じゃん!」
宇都宮がそう言うと、ちょっと後ろで見てたツカサとチヒロもやってきてカメラを覗く。
「お、ほんとだ。まんまじゃん」
「錦、カメラも上手いのかよ~」
だが俺は納得していない。
写真の画角は錦以外のみんなも同じだと言っている。
写真の雰囲気は光の加減は時間や天気でも異なってくる。それはしかたがない。写っている宇都宮さんも格好こそ違えど変わりはない。
何が違うのかわからないモヤモヤがあるが、みんなは満足しているので、次の撮影スポットへ向かった。
謎に木の箱が積んでいる場所やアニメ映画の世界から出てきたようなポップな車の前、そして人気キャラクターとの写真も撮った。
だが、カメラで写真を撮ることはしっくりくるのだが、撮れる写真にはずっとなにか違和感があった。
そして、このテーマパークの中でも多分一番平和的なアトラクションである「小さな世界」がテーマのものに乗った時、ふと宇都宮がつぶやいた。
「美麗、またここに来たかっただろうな……」
薄暗いからだろうか、この世界観に当てられたのか、錦も少し悲しい気分になる。
「森川美麗ってそんなにここ好きだったんですか?」
このテーマパークのキャラクターのカチューシャを頭に付け首からポップコーンを下げたチヒロが聞く。
「うん。私とも何回か来たことあったし、大学の友達とも職場の人とも、元カレとも来てたみたいだし」
「あ、そういえば彼氏とかはいたんですか?」
数舜あり、宇都宮が俯いて言う。
「いなかったみたいよ」
なぜか少し暗い。
「最後にいたのは亡くなる2年前とかじゃないかな。あんま男運良くなかったみたい」
きっと森川美麗の過去の恋愛でなにかあったのだろう。
アトラクションから出てくるともう少し日が傾き始めていた。来る時間が遅かったということもあるだろうが、あっという間だった。
最後はみんなで名物の電球ピカピカパレードを見て、錦はそれを見ている宇都宮を撮った。
「じゃあ、もう一回ここで撮りますね」
最後に来た時と同じ構図を取る。
「行きます」
カシャッ
「うん。撮れた」
錦が撮った写真を確認する。
すると、そこには今日撮った写真の中で一番の写真があった。
一番というのは、写真としてではなく、森川美麗が撮ったのに一番近いという意味だ。
「錦くん、今日は美麗のためにありがとうね」
帰りの電車内で宇都宮が言って来た。
「いえ、少しですが森川さんの気持ちが分かった気がします」
写真を撮るという行為は自分になんだかしっくり来ていて、その感覚はきっと森川美麗も同じように感じていたのだと思う。上手く言語化できないが、「人を画角に収める」という感覚、その時間を切り取る感覚だろうか?それがとても手に馴染んだ。
「二人も今日はありがとうね、おかげで楽しかったよ」
宇都宮がツカサとチヒロにそう言った。
「いえいえ、今日はほとんど遊びに来たので!」
「今後も、手伝えることがあれば言ってください」
「ちくしょ、ツカサは就活終わったからいいよね」
そういえばこの前ツカサは内定をもらった。しかも、チヒロも受けたところだ。
「そっか、三人ともそんな歳なのか」
「はい。大学三年っす」
「若いね~就活か~。わたし、就活してないからなにもアドバイスできないけど、頑張ってね」
「ありがとうございます」
家に帰って写真を見返す。
どれも錦的には満足の写真だ。
こうして一人で写真を見返すと、なんだか温かい気分になる。
データ化した写真はパソコンに取り込み、三人にデータとして送った。
最近は就活も進まないし、受けたいと思うところもないし、心身ともに疲れていたので、久しぶりに遊び疲れた錦はそのまあベッドに寝っ転がって、いつの間にか寝てしまっていた。
次に宇都宮と訪れたのは、森川美麗が働いていた病院だ。
今日、錦は講義をサボって来ているので、ツカサとチヒロは居ない。
東京23区外にある大学病院、そこに森川美麗は勤めていた。
ここは大学病院ということもあるのだろうか、病院の敷地に一歩踏み入った瞬間から人の数に驚かされた。
もう冬の到来を感じていたが、この場所にはなんだか温かい空気が流れている気がした。
「病院ってこんなに人がいるんすね」
「そうね、ここは地域住民にも愛されてるみたいよ。イベントとかもたまにやってるみたい」
「すごいっすね、忙しそうだ……」
「ね、美麗も毎週散歩がてら中庭に遊びに来る近くの保育園の子たちの相手とかしてたみたい。疲れるけど疲れが飛ぶって言ってたなあ」宇都宮が微笑む。
初めは患者に用があるわけでもないしただ来るのは場違いじゃないかとか、下手したら不法侵入になるのでは?と思っていたが、この感じなら大丈夫そうだ。
建物に入ると、広いエントランスに長い長い受付の他にコンビニや有名コーヒー店などもあった。談話スペースも広い。
見たところ、患者がいる区域とはしっかりと区別がされているようで、そちらに行くには受付が必要そうだった。
中にはリハビリなのか点滴を持ったまま談話スペースで友人なのであろう人と話す患者も見受けられた。
ちなみに流石に病院なのでカメラは持ってきていない。
錦と宇都宮はそのまま院内を進み、中庭に来た。
ここも解放されたスペースのようで、私服のご高齢の方から患者、そして、さっき宇都宮が言っていたやつだと思われる保育園児がいた。
子供たちとご高齢な方が接している場面は、なんだかとても平和で良い。患者の傍には看護師もおり、看護師含めて園児と遊んでいる。森川美麗もきっとこうしていたのだろう。
錦と宇都宮はしばしその様子を黙って見ていた。
すると、一人の看護師が錦たちに話しかけてきた。
「あのー、すみません、もしかして、宇都宮さんですか……?」
恐る恐るといった感じでその看護師は訪ねてきた。
どうやら宇都宮のことを知っているようだが、もしや。
「はい、宇都宮です。あなたは?」
「私は加藤(かとう)汐(しお)李(り)と言います。えと、私は、あの、森川美麗の同僚です」
やはりそういうことか。
「葬儀にも参列させていただきました。美麗には以前から宇都宮さんの話を聞かせてもらっていて、写真も見せてもらっていたので、気づきました」
「そうだったんですね…」
「今日はなにか、ええと、美麗に関してなにか聞きたいこととかでしょうか……?」
「はい。美麗がどんな生活を送っていたのか知りたくてここに来ました」
「そうですか、ちなみに、そちらの方は……?」
そう言って加藤は錦の方を向く
「あ、えと、なんて説明しようか…」宇都宮が説明に困っていると
「もしかして…深見さん…?」
加藤はうすうす気づいていたのだろう。錦が誰なのかを察した。
「はい。深見です」深見が軽く会釈する。
「なんで……」加藤がつぶやいた。この言葉にはきっと色々な意味が含まれているはずだ。
なので、錦は自分から説明する。
「僕も森川さんがどのような人物だったか知りたくてここに来ました」
「そう…。じゃあ、本当に面識なかったんだ…」
加藤も同様に真相を知るわけがない。きっと少しばかり、いや想像でしかないが割と錦を疑ったりもしたのだろう。彼女にとってもそれぐらい不可解だったというところだろう。
「じゃあ、私あと少しでお昼休憩なので少し話しません…?」
加藤がそう提案して来たので、錦と宇都宮はありがたく話を聞くことにした。
加藤は終わったら連絡すると言い、宇都宮と連絡先を交換し、午前の業務の残りをしに院内へ戻った。
「思いがけない収穫ですね」
「だね、まさか美麗の職場の同僚に話聞けるなんて」
「宇都宮さんの話、同僚にもしてたみたいですね」
「ね、そんなこと私には言わなかったからさ、びっくりしちゃった」
そう言った宇都宮の顔にはやはり多少の微笑みが浮かんでいた。
隠していた、というよりも嬉しいことは明白だ。
その後十数分後に加藤から連絡が来た。
錦と宇都宮が入ってくる時に見かけたコーヒー店に行くと、加藤が先に来て席を確保しいた。
加藤は二人を見ると立ち上がって頭を下げる。
「改めて、美麗の同僚の加藤です」
「美麗の幼馴染の宇都宮です」
「…深見です」
どうぞ、という加藤に促され、二人も席に着く。
ただ、なんとなくなにも注文しないのもあれなので、宇都宮と錦は荷物を置いてカウンターに並んだ。
「アメリカ―ノ、ショートで」
「え、なに、深見くんって結構こういうとこ来るの?」
明らかに意外だという感じで宇都宮が聞いてくる。
「まあ、たまに」
そして錦はアメリカーノを宇都宮は抹茶のなにかデザートみたいなものを持って加藤の待つ席に戻った。
「お待たせしました」
錦がそういいつつ席に座ると、早速と言った感じで加藤が話し出した。
「私も宇都宮さんに美麗のこと色々聞きたかったんだ~、あんま時間獲れないけど、なんでも聞いてね!」
加藤がそう言ったので、まずは宇都宮から質問をはじめた。
「美麗って職場でどんな立ち位置だった?その、いじめとかは…」
「うーーん、お局問題はあるけど、同期はみんな仲いいよ!」
「そっか」
「むしろ美麗はムードメーカー的な感じで疲れていても美麗が元気づけてくれてなんとかなったこととかあるよ」
「やっぱ変わんないなあ…」
宇都宮は他にも森川の職場での様子やなどの質問をし、答えを聞くたびになにか遠い目をして微笑んだ。
「じゃあ、私からは美麗の昔の話とか聞いてみたいなあ」
加藤からは昔の森川の様子が聞かれ、それに対しても宇都宮は静かな悲しみを浮かべながら錦に話したことなどを返した。
最後の方には宇都宮が職場でなにか変わった様子とかはなかったなどの話を聞き、加藤もここに来た真意をくみ取って質問に答えていた。
「普段の様子から考えても結局美麗がなんで自ら命を絶ったのか本当にわからないし、そこだけがひっかかってるの」
やはりみんながみんなそう思っているようだ。
「まさかあの美麗が、ってみんな言ってるの…」
錦はそれらをただ聞いているだけだったが、ここでも間違いなく森桑美麗が愛されていることだけが事実として伝わってきた。
森川美麗の自殺は職場の誰もが宇都宮と同じように信じられず、何の予兆もなさ過ぎて最早加藤を含めてみんな初めは全く泣けなかったという。
職場でもずっと笑顔で、患者にも愛され、未だに退院した患者から感謝の手紙が届くほどの人望がある人。森川が主に担当していたのは子供の入院患者のようだったが、その明るさに救われた子供は何人もいたという。
退院した子供からの感謝の手紙やその友達からの手紙は数えられないほど貰っていたという。
さらに、園内に散歩がてら訪れるご高齢の方や保育園児にも明るく接し、愛されていたらしい。
その愛されっぷりは他の看護師も元気にしており、「看護師辞めたら歌のお姉さんになった方が良い」とよく言われていたそうだ。
葬儀に参列していた人の多くはそういう森川美麗の明るさに救われた人たちなのだろう。
加藤は最後に森川とよく行っていたという近くのカフェとサンドイッチ屋、そしてお昼をよく一緒に食べていたという公園を教えてくれた。
「美麗の真相、話せる範囲のことなら、わかったら教えて欲しい…」
加藤は最後にそう言って仕事に戻った。
錦たちは正直ここにこれ以上の収穫は無いと感じ、加藤に教えてもらったスポットに行くことにして病院を後にした。
宇都宮が改めてメッセージにて加藤に別れと感謝を告げ、歩き始める。
まず二人は教えてもらったサンドイッチの店に行き、テイクアウトしてこれまた教えてもらった公園に向かった。
「なんか、美麗ってどこにいても美麗なんだね」
サンドイッチを食べながら宇都宮がそう言う。
「ぽいですね、どこでも誰にでも明るいというか」
「まあ、それが美麗のいいところだし、看護師って仕事はやっぱ美麗に向いてたんだろうなって思うよ、てか、改めて思った」
「本当ですね。めちゃくちゃ愛されていたみたいですし」
そのまま二人とも何も言わずにサンドイッチを食べた。お互い、頭の中であれこれと考えているのだ。
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