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Missing - 第十章「heart」【創作大賞2026ミステリー小説部門応募作】

前の話

「!!?!?」
 衝撃の発言にチヒロ以外の三人は声にならない驚きを表す。
 「え、ちょっ、どういうこと!?」一番驚いているのは宇都宮だ。
 錦は本当に言葉が出て来ない。
 一体何がなんなんだ。
 「チヒロ、説明しろ。」ツカサが鋭い視線を向け、チヒロが話を始める。
 
 「実はあの日、錦よりも先に僕は錦の部屋に行ってたんだ。」
 「……は?」
 正直意味が分からない。
 「錦、しょっちゅう部屋の鍵かけ忘れるから、行ったらその日も鍵がかかってなくて、部屋に入ったら女の人が死んでたの。で、机の上に遺書があって、それを読んで持ち帰った」
 「ちょ、マジで全部わけわかんない」
 チヒロの口から吐かれた言葉は、意味は分かるが意味が分からない。
 「まあ、白状するよ」
 三人は黙って次のチヒロの言葉を待つ。
 数舜して意を決した顔をしたチヒロが言葉を放つ。
 「僕、錦のことが好きなんだ」
 真っすぐに錦を見据えながら発せられた告白は、純粋に、ただただ真っすぐな言葉だった。
 「え、ちょっ」
 「その、好きってのは恋愛的な意味か?」ツカサは驚きつつも落ち着いて聞く。
 「うん、そうだよ。昔クラスの女子のことが好きだった時と同じ感情が錦に対して湧いちゃうんだ」
 チヒロはいわゆるバイセクシャル、というものに該当するようだった。
 「えっと、俺は……」
 錦が一応返事をしておこうと口を開いたが、すぐにチヒロに止められた。
 「あ!大丈夫大丈夫!そういうんじゃないから!」
 「そういうの?」
 「付き合いたいーとかそういうのじゃなくて、まあ、単純にさ」
 チヒロは赴きがちに続ける。
 「錦、森川美麗のことが好きみたいだしさ……」
 チヒロの目は錦から逸れて下に向いており錦から確認は出来ないが、おそらく涙を湛え始めているだろうことは声色から伝わって来た。
 「そ、そっか…すまん」
 「ううん、錦が付けてくれたチヒロって名前、気に入ってるよ」
 「ありがとう」
 これまた全員が黙ってしまう。
 「いや、本当にごめんんさい」
 チヒロは罪悪感からか口を開いた。
 「話逸れちゃったけど、森川美麗の遺書、今日持ってきたんだ」
 「えっ!」三人が同時に驚きの声をあげる。
 「なんとなくこうなる気はしてたからさ、一応」
 そしてチヒロはショルダーバッグから数枚の便せんを取り出した。
 「はい、これ。」
 チヒロは錦に手紙を渡す。
 「おう。でも、まずは宇都宮さん……」
 錦はまずこの遺書は親友の宇都宮に読んでもらおうと思った。
 しかし、これまたチヒロに遮られる。
 「あ、まずは錦の方が良いと思うよ」
 「え?」
 「半分以上、てか、ほとんど錦に対して宛ててるから」
 「わかった」
 錦が意を決した目をし、便せんの一枚目に目を通し始めた。
 
 チヒロは錦が森川の遺書を読んでいる間、自身の想い、思い出を走馬灯のように振り返る。
 
 錦との出会いは大学一年の夏頃だった。
 
まだチヒロというあだ名は無く倉敷閃として生きていた大学一年の春。
高校生活は自分らしさ全開で青春を謳歌し、受験勉強も頑張った甲斐あって憧れの東京への進学を果たした。
「憧れの上京しての一人暮らし、大学生活!」「頑張るぞ!」と意気込んで始まった新生活。まず待ち受けているのは大学のオリテことオリエンテーション。
 話に聞く感じでは多くの人がこの春に行われるオリエンテーションでその交友を一気に広めるらしい。
 チヒロは心打ち解ければすごくふざけたりボケたりするのだが、本当はとてもコミュニケーションが苦手なのだ。
 誰か親しく、またバカ出来る友人は出来るだろうか。
 そもそも出身が九州であるチヒロはもちろん友人知人なんていないため、ここで交友を広げておかなくてはならない。
 チヒロは緊張とワクワクで会場に足を踏み入れた。
 
 結果的にこの日チヒロに友人は出来なかった。
 何人かと多少のやり取りはあったものの、会話は続かずに相手はすぐ他の人のところへ行ってしまった。
 家に帰るころには「ま、まあ、大学は学ぶために行くんだからな!」と心を落ち着かせていた。
チヒロ自身、大学生活を円滑にするためには初動がとても大事であるということはわかっていたつもりだ。しかしこれ以降、様々な不安は焦りに変換されることなくただただ不安として残り、自分から動けなくなった。
 
大学の講義や一人暮らしに慣れてきた夏の初め、チヒロはアルバイトに応募していた。
近所のファミレスでバイトを募集しており、それに挑戦してみようと思ったのだ。
「倉敷閃です。よろしくお願いします。」
バイト募集をしていたぐらいなので面接はすんなり合格。
早速次の日から研修が始まった。
研修は接客の仕方や注文からの流れ、簡単な調理や片付け、早番の時の準備など様々なことを教わった。
「そうか、今まで普通に使って来たけど裏ではこんな努力が……」
ふと呟くとバイトの先輩に「きついけど、接客とかはマジ勉強なるよ」と言われた。
チヒロは完全に内輪ノリ対応であるので、接客業のようなかしこまったコミュニケーションはかなり苦手だ。
そんなやつがファミレスに応募するなと思うかもしれないが、チヒロ自身も初めは失敗したと思っていた。とはいえチヒロは作り笑顔は得意であった。それが功を奏してか、作業に慣れてくると案外スムーズにこなせるようになっていた。
 そんなある日。
 チヒロは大学のレポートのことで大層悩んでいて、バイト中もそのことで頭が支配されていた。
 そして、この日初めてバイトでの失敗を経験したのだ。
 「お待たせしました、こちらハンバーグセットです」
 厨房で作られたものをお客様の席に運ぶ、いわゆるホールの仕事。
 平日とはいえ夕方ごろになり店がそこそこ混んでいる中、チヒロはミスをしたのだ。
 「おい」
 そう呼び止められたチヒロは料理片手に振り向く。
 見ると、先ほどハンバーグセットを持っていったおじさんがなんともいえぬ怒りを現した顔でチヒロを見ていた。
 チヒロが「あ、怒られる」と気づいたと同時におじさんは爆発した。
 「おい!これ!チーズが入ってるじゃないか!」
 「えっ……」
 チヒロは何が起きたか理解できないでいた。
 「俺が頼んだのはただのハンバーグだろ!チーズは要らないんだよ!」「こっちは仕事で疲れてるっつうのによお!」
 ここで咄嗟に頭を下げればいいものの、急に怒られて頭が真っ白になったチヒロはなにも言えずに立ち尽くしてしまった。
 「ああ!?どういうつもりか言ってみろよ!」
 「チーズインじゃなくて普通のを寄越せっつうんだよ!」
 「金もこっちの料金獲るつもりなんだろ!?勝手に高い方食わせやがってよ!」
 チヒロはここでようやく「す、すみません……」と呟けた。
 だが、これで相手はさらにヒートアップ。
 「あん!?なんだその態度は!!!」
 「だいたい最近の若い奴らはこんな腑抜けばっかでなよなよしやがってよ!」
 だんだんと怒りの理由が逸れ始めた。
 そこにいち早く割って入って来たのが、隣の席でツカサとカルボナーラを食べていた錦だったのだ。
 「ちょ、おっちゃん、いい加減落ち着きましょうよ」
 「あ!?なんだお前は!」
 「いや、ただの大学生っすけど、だんだん話題変わってないすか?」
 「は!?」
 「いや、まあ俺も初めは店員さんに非があるなとは思って聞いてたんやけど、おっちゃん、ただ怒りたいだけなんちゃうん?そう見えたで」
 「盗み聞きか!お前には関係ないだろ!」
 「いや、聞こえるやろ……」
 ここでようやく店長が登場。
 「どうされました……?」
 おじさんは店長のネームプレートを見て「お前が店長か!どう責任を取るつもりだ!」と矛先を店長に変えた。
 とりあえずこのおじさんに対しては店長が「お代は結構ですので」と言って収めた。お代は結構という言葉を聞くとおじさんは落ち着き、チーズインハンバーグを食べ続けた。ちなみにチーズインとプレーンを間違えて配膳したわけだが、おじさんが頼んだプレーンは調理がまだで、チヒロは本来チーズインを頼んだ客にも店長と謝りに行き、すぐにチーズインを運んだ。
 
 そして、チヒロが会計の仕事をしていると、そこに錦も会計でやってきた。
 「さっきは不幸やったな」
 錦がそう言って来た。
 「本当にありがとうございました。助かりました」
 「まあ、あのおっちゃんが乳製品アレルギーとか持ってたらあれやったからな、反省しいや」
 「確かに、でも結果的にそうじゃなさそうでよかった」隣のツカサはこのころから冷静沈着だ。
 「はい。ありがとうございます」
 会計を済ませ、店を出ていく二人。
 「めっちゃがっついてたよなー、チーズイン」
 「まあ、初めからそれ目的とかなんだろ」
 その会話が聞こえなくなるまで、チヒロは頭を下げ続けた。
 チヒロは純粋に錦を男としてカッコいいと思った。
 
 次に出会ったのは大学でのこと。
 そもそも同じ学部なので講義にはいたはずなのだが、今まではお互いに面識はなかった。
 初めに気付いたのはツカサだ。
 「あれ、もしかしてこの前のファミレスの人?」
 その声にチヒロが顔を上げると二人がいた。
 「ほんまや」錦がニッと笑った。
 「あ、この前は本当に」チヒロが言いかけたところで錦が制する。
 「いやいや、もうええて、それに、タメなんやろ?」
 「おそらく同い年だな。」
 「あ、ええと、倉敷閃です」
 「深見錦、よろしく」「寺島司だ」
そこから三人の交友は始まり、一緒に講義を受けるのはもちろん、一緒に徹夜でレポートを片付けたり、遊びに出かけたりした。
そして、その中で錦からチヒロ、というあだ名をもらった。
「なあ、閃って名前珍しいよな」
話題は錦からだった。
「そう?まあ、自分の名前だとわからないな」
「確かに他にいないかも。少なくとも周りには」
「だよな?あの国民的アニメ映画でしか出て来ない!」
「そういえばあの映画のヒロイン、名前取られてそうなってたな……でも僕男だし」
「まあ、センって響きはどっちでも行けるわな」
「それでいうと、チヒロって名前もどっちもいけるよな」
「確かに」
「言われてみればいるな」
 「おあ、じゃあこれから気が向いたらチヒロって呼んでいいか?」
 「え、なに突然……女みたいだからたまにでよろしく」
 「たまにはいいのかよ」
 「よーし、じゃあたまに呼ぶわ」
 そう言って三人で笑ったことを昨日のように覚えている。
 
そして、チヒロが錦のことを好きなんだと自覚したのは、大学一年の冬、錦に彼女が出来たという話を聞いた時だった。
「そういえば、彼女出来たんよ」
いつものようにチヒロの部屋に集まって課題を片付けている時、錦がふとそう言ったのだ。
「お、いつの間に」
「へぇー、いいね」
初め、チヒロはこの瞬間に発生したモヤモヤがなにかわからなかった。
「どんな人なんだ?」
「ええと、サークルの先輩なんだけど、」そう言って錦は二人で撮ったという写真を見せてくる。
「向こうから告られてさ、まあいい人っぽいし付き合うことにしたわ」
「ふ~ん、確かに良い人そうかも」これはチヒロの本音だ。
錦は大学の初めから運動系のサークルに所属していた。
話に聞くと色々と揉まれているようで、サークルや部活に所属していないチヒロはそんな錦の「ザ・大学生」と言った生活を半分羨ましく、どこか遠くの話に聞いていた。
だが、この錦の告白に、チヒロはさらに錦を遠くに感じた。
そして、彼女の写真を見た時に芽生えた気持ち。
嫉妬したのだ。
初めは救ってくれたカッコいい奴、その後からはいつもそこにいる友人。と思っていた。
どうやら、一緒に過ごすうちにチヒロの中で錦は友人以上になっていたようだ。
二人が帰って一人になって、改めて向き合った時、これが恋だと気づいたのだ。
中学生の時にはクラスにいるマドンナ的な人に密かに好意を寄せていたこともある。なので、その時の心境、心臓当たりの感覚ははっきりと覚えているし、それが恋であると知っていた。
今、それが錦に対して働いているのだ。
「なんでだろう……」
一人の部屋で、チヒロは一人涙を流した。
自分が男性も好きだといういわゆるバイセクシャルだったことはどうでもよくて、それよりも今のこの気持ちで三人の関係を壊してしまいそうなこと、この恋心は絶対に叶わないこと、錦の彼女と、錦自身にもとても嫉妬していることなどなど心がぐちゃぐちゃになっていた。
 
それから、チヒロは頑張っていつも通りに振る舞った。
友人としてでもいいから傍にいたい。そう思って。
 しかし、そういう思考になるとなんだか自分が女性のようにも思えてきた。そして、チヒロというあだ名が途端にうれしくなった。
 あの映画では奪われた名前だが、自分のチヒロと言うあだ名は錦が自分に与えてくれた名前だ。
 特別感があり、なんというか、女性的でもあり、なんともいえない嬉しさを感じた。
だけれど、そういう気持ちは表には出せない。
徐々に二人が自分のことをチヒロと呼ぶ回数が増えていくのを嬉しく思いつつ、呼ばれるたびに錦への思いは強くなっていたように思う。
だが、我慢を続け、欲求は爆発する。
初めは徐々に錦に降れるようになって、それでも満たされたが、足りなくなってしまった。
そこでチヒロはいつかの錦の言葉を思い出したのだ。
「いやー、昨日家帰ったら部屋の鍵かけ忘れててよ」
「それは不用心だな。」
「田舎の方だったからさ、鍵っ子でも玄関の鍵かけてなかったんよな」
「まあ、気を付けた方が良い、見られてたら簡単に空き巣に入られるぞ」
「ああ、気を付けとくわー」
錦の住んでいるところはチヒロの家からかなり近い。
ここでチヒロは歪んでしまった。
 
錦の講義の予定は完全に把握している。
なので、錦がどれくらいの時間に部屋を出るのかはなんとなくわかっていた。
チヒロは錦の部屋を少し離れたところから監視し、錦の外出を確認すると部屋に向かった。
一回目は鍵が閉まっており断念。
だが、三回目の時、錦の外出を確認してからドアに向かうと、鍵がかかっていなかったのだ。
ガチャ。
錦の彼女は家が厳しいらしく基本毎日家に帰らないといけないらしかった。そのため彼女が部屋にいる可能性はゼロと言って良い。
だがそれでも錦の部屋に初めて入る時は緊張した。
おそるおそる入り、静かにドアを閉める。
そして、電気を付けると、生活感あふれる空間があった。
ここが錦の部屋か……。
いつも集まるのは錦の部屋よりも広いチヒロの部屋だったので、来るのはこれが初めてだ。
緊張、ソワソワ、興奮。
吸い込むたびに錦の匂いがする。
チヒロはこの空間で思う存分癒された。
 
その後何度もこのような行為に及んでいた。
もちろん鍵が閉まっている時もあるが、鍵が開いている時には部屋に侵入して、安らぎの時間を得ていた。
悪いことをしている罪悪感はもちろんあったが、それでもこれぐらいしないとチヒロは理性を保てなかった。
 
 そしてあの日。
 チヒロはこの日、少し寝坊をしてから錦の部屋に向かった。
 錦が講義に出席をしているのはツカサにそれとなく聞いていた。
 とはいえいつも通り、彼の部屋に向かった。
 まずは鍵が開いているか確認する。
 今日もカギは開いている。いい加減学んで欲しいとも思うが、チヒロにとっては好都合なので何も言わない。
 そしてもう慣れた調子で部屋へと入った。
 すると。
 「えっ……」
 部屋の中央に誰かいる。
 もう見るからに首吊りをしており、反応が無い様子からすでに死んでいるようだった。
 錦の部屋で誰かが死んでいる。
 チヒロは二人の神聖な場所を汚された気がして少しムカついた。
 顔をしっかり見てみると、以前見せてもらった錦の彼女とは違う人のようであった。
 いったい誰なのか。
 そして直後、錦のベッドの枕元に置かれた便せんを見つけた。
 おそらく彼女の遺書であろうと思ったチヒロはそれを読み、部屋を後にした。
 チヒロは自分の部屋に戻り、一人また嫉妬と恋心に苦しんだ。
 
 「そうだったのか……」
 何度も森川の遺書を読み直した錦がそう呟き、チヒロも現実に戻って来た。

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逆倉青海 ぐんぐんどんどん成長していつか誰かに届く小説を書きたいです・・・! そのために頑張ります!