Missing - 第二章「person」【創作大賞2026ミステリー小説部門応募作】
第二章「person」
葬式というものに行くのは何年ぶりだろうか。確か、前に参列したのは小学2年生の時に亡くなった母方の祖母だったはずだ。当時のことはいまいち覚えておらず、記憶はあいまいだ。きっと、死というものに向き合うにはまだ早すぎたのだろう。数年してそれを自覚したように思う。親族関係での参列はそれ以前にもあったようだが記憶には残っていない。なので、記憶に残っている葬儀というものは今回で二回目となる。
だが、赤の他人の葬儀というのはあとにも先にもこれだけだろう。
まだまだ残暑と言われる中、錦は久しく着てなかったカッターシャツに袖を通し、気を引き締める。
森川美麗の葬儀に出席することは、二日前に決めた。
錦はあまりにもモヤモヤが残っており、自分はどうすればいいのか?自分の心に対してなにか出来ることはないか?と考えていた。その結果、まずは教えられていた森川美麗の母の電話番号へ連絡を入れたのだ。
電話はすぐに繋がった。きっと、向こうからしたら迷惑をかけた対象からの電話で緊張したはずだ。それは申し訳ない。そして、そこで改めて遺書などは見つかっていないかなど捜査の進展を聞くという名目で話を聞いた。
結果、死の動機は未だに遺族の誰にもわからないと言われた。ただ、そこで葬儀の話が出てきたのだ。
「二日後に送り出すんのでぼちぼち親族も集まっているのですが、みな口を揃えて信じられないと言っています……」
「送り出す、というのは美麗さんの葬儀、でしょうか……?」
「ええ、遠い親戚も居ますので、出来る限り集まれる日をと思いまして」
「その葬儀、自分も参列させてもらえないでしょうか?」
咄嗟に頭がその結論を出した。
正直、狂ったお願いだと思う。森川美麗の母も迷惑かけた側だからと初めは断った。だが、錦自身納得できなく、心に区切りを付けたいと言うと、とても感謝され、参列を許されたのだ。
森川美麗という人間の最後に触れ、彼女の死を改めて実感させられて、自分自身で弔うことで自分の中に落としどころを作れると脳が判断したのだろう。結果的には同意だ。
葬儀は二日後なので色々と準備は苦労した。葬儀の儀礼を知らないことはきっといいことなのだとなんとなく思っていたので、何が必要でどのような準備をしたらいいのかがよくわからなかったのだ。
ネットであれこれと調べて必要なものを買い揃えた。思ったよりも高くて驚いたが、値段ではなく気持ちだよなと思い、袱紗や数珠はもちろん、他にも黒い小さめなバッグやハンカチ、ネクタイも買って来た。。
ついで、というかマナー的に俺の特徴的な白髪も黒染めした。地毛とはいえ勘違いしか生まないのは明白だ。
両親にも森川美麗の葬儀に参列することを伝えると、初めは理解できない様子だったが、すぐに快く承諾してくれて、交通費などは彼女の両親からいただいたという慰謝料から出すことになった。
森川美麗の故郷は都内から電車を何本か乗り換えないといけない田舎にあり、葬儀もそこで行われるということで錦は電車を乗り継いでやってきた。ただ、なんとも奇妙なことに、その場所は錦が小学生まで住んでいたらしい県であったのだ。小さすぎて記憶がほとんどないのだが、両親からそう聞いたことがある。
不思議な縁を感じつつ駅でタクシーを捕まえ、葬儀が執り行われる場所に着いた。
タクシーを降りると外はやはりそこそこに暑い。だが、流石に今日はブラックスーツを脱ぐのは正しいのかわからないので、我慢して着たままにする。
タクシーの運転手にお礼を言い、少し見送って振り返ると葬儀場に入っていく老若男女様々な人が見えた。相場は知らないが、特に有名でもない人の葬儀にしては多くの人が来ていると感じた。
きっと森川美麗という人間は様々な人に愛されていたのだろうということがこれを見ればわかった。
そういえば少し調べたあの後の報道で彼女は看護師をしているとあったような気がする。きっと、これはそういう繋がりなのだろう。
錦はそんなことを考えながら受付へ向かった。
受付は故人と同い年くらいと思われる女性が担当していた。
「本日は、ご多用の中お越しいただきありがとうございます」
「この度は御愁傷様です」
「こちらにお名前とご住所をご記入ください」
「はい」
錦はなにも考えずに自分の情報を記入した。
そして、一連の流れを予習して来たので、袱紗から香典を取り出す。一応香典の中身
は両親からでも慰謝料でもなく自分の財布から出していた。
「ご霊前に…」
一瞬の間が空いた。
受付の女性がなんともいえない真剣なまなざしを向けてきたのだ。
もしかして、俺が被害者だということを知っているのか?
しかし、女性はすぐに先ほどまでと同じようになった。よかった。俺の部屋で自殺が行われたことは俺の家、部屋を知っている知人か故人の親族だけだ。ちょっと敏感になりすぎているかもしれない。
「お預かりいたします」
そういって受付の彼女は錦の手から香典を受け取った。
返礼品があるというのでそのまま受け取り、葬儀が始まるまで待つことになった。
会場内は冷房が効いていて外は暑い。そうなるとおのずとみんな会場内で待機することになる。錦はただ待つのも暇でやることも無いので、悪いとは思ったものの、会場内を歩き、色んな人の話声に耳を傾けてみることにした。
少しでも生前の彼女を知る必要があったのだ。
会場内は森川美麗と様々な形で関わったのだろう多くの人が居る。もちろん、錦のような関わり方をしている人間などたった一人しかいないわけだが、森川美麗と同年代くらいの人、おそらく友人たちは一様に泣いており、きっと患者やお世話になったのだろう人たちは疑問の声や感謝の念を漏らしていた。そして、会場内のなんともいえない空気が死の気配を改めて感じさせていた。
死は辛く悲しいものだと思う。これはきっとみんなそうだ。今でこそ吐くことは無いと思うが、森川美麗の自殺死体を見た時の感情は間違いなく恐怖だった。ただ、思い返せばあの穏やかな表情の死は、なんとも悲しい気がした。きっとここにいる人たちも俺も死は怖いしできれば死にたくない。だが、森川美麗は死によってなにか解放されていたような気さえするのだ。ただ、それの答えを知る人は誰も居ない。
とにかく今ここに流れている感情は自身にもいつか降り注ぐ死への恐怖や、故人の本当の感情なんかではなく、それぞれが生前の彼女に向けた言い表すのは難しい哀愁や望郷といった温かさであった。
とにかく、森川美麗はみなに愛されていた。
愛と哀。そんな空気には錦の心にも届いていた。
ただ、この空気を感じるほどに、錦自身も参列者同様に、もしくはそれ以上に「なんで?」という感情が大きくなった。やはり彼女はなにか理由があって死を選んだのだ。ただ、そんなことを考えているのは錦だけだろう。少し場違いな気をした錦はこのまま歩き回っていても変だと思い、黒染めの再確認をするためにトイレへ向かった。
そして、そこで錦は森川美麗の父と出会ったのだった。
「君、もしかして深見錦君か……?」
錦が洗面台の鏡で根元に白髪が残っていないかチェックしていると入り口のところからおそるおそると言った声でそう問われた。
「はい。深見です」
「ああ、わざわざ来てくれたのか、君にはなんて言ったらいいのか……」
「あなたは…?」
「ああそうか、そういえば、会うのははじめて、だな。これは失礼。私は森川美麗の父親の森川明憲と申します。」
そう言って目の前の男性は頭を下げた。錦は遺族との面会に行っていないので面識は本当に無い。おそらく警察署で事情を聞いている時に俺の顔写真とかを見て気づいたのだと思う。
「本当にすまなかった」
改めて謝罪を受ける。
「いえ、本当に大丈夫ですから、頭をあげてください。今日は僕自身の心の区切りのために来させていただいたのですから」
「そう言ってくれるとありがたい。私も美麗も救われるよ」
「改めて、お悔やみ申し上げます」
マナー、というよりも錦の心から自然と言葉が出てきた。
「…。本当に、迷惑を……」森川明憲は目には涙が滲んでいた。
「すまない。恥ずかしいところを見せてしまった」
「いえ、お気になさらず」
「では、錦君。父からのお願いだ。しっかりと別れを告げてあげてくれ」
「はい。わかりました」
そして錦は会場に戻った。
戻ってみるとやはり会場はなかなか広いし参列者も多いように思った。
しっかりと送り出そう。そう改めて心に思った。
少しして会場内の人々は彼女が眠る前に案内された。錦が案内された席は後ろの方で、席からはほとんど前の様子はわからなかった。ただ、後ろの席からも見える遺影には優しい笑みを浮かべる森川美麗が写っており、まだ生きているかのようにさえ思えた。それは他の人も感じていたようで、先ほどよりもすすり泣く声が増えている。
そして、お坊さんが現れ、葬儀が始まる。まずは開式が告げられ、読経が始まる。
読経が頭に入り込んでくると、先ほどまで生きていたかのような遺影が急に死の気配を纏い始めた。もはや俺の目からしても白黒のように見える。
すすり泣く声、鼻水をすする音、そのすべてにそれぞれの念が宿り、そのすべてが彼女に向けられている。先ほどまでの温かい空気とは少し変わり、ある種覚悟に似た空気が会場に流れる。
正直に言うが、俺も悲しくなっていた。
彼女という人物が何者で、どんな人なのかなんて錦には知る由もない。ただ、ある日家に帰ったらそこで死んでいた赤の他人。普通はあり得ない状況だ。怒りさえわかない困惑だったが、ここにきてそれはさらに強くなった。
なぜ、彼女のように家族にも愛され、周りの人からもこんなに愛されている人間が死を選んでしまったのだろうか?原因はわからないが、仮に錦が生前の彼女と知り合いだったらきっと彼女を救っただろう。
みんなから愛され、こんなにも泣いてくれる人がいるかのじょが、少し羨ましく、そして、亡くなったことが悲しくなっていた。
その後は弔辞、遺族の焼香と進み、告別式に移った。
焼香の順番が回って来て改めて遺影の前に立つ。
脳内に彼女が死んでいた時の様子が浮かぶ。あまりにも安らかな死に顔。
あの時の表情も目の前の遺影と同じように温かかった。
なにか誰にも言えぬ事情を抱え、一人悲しみに暮れていたのかもしれない。ただ今は、どうか安らかに。
心からそう思った。
一連の工程が終わり、次はお別れの儀というものに移るようだった。
式場の人が棺を移動させ、その間に参列者に一輪ずつ花が手渡される。なんとなく流れでそのまま会場にいた錦にも一輪の花が渡された。
「これは……」
渡されたのは掌に収まるような白い菊と思われる花だった。
会場を見てみると、親族や友人は花束や大きい華を持っていた。他の人は色彩豊かな錦と同じような菊であったりユリだったり様々な花を手に持っている。
お別れの儀が始まり、ゆったりとした曲がかかる。まずは親族から花を入れていくようで、涙と共に花が入れられていく。錦は少し離れてその様子を見ていた。
大粒が溢れ落ちている彼女の親族や友人を見ていると、今更ながら自分はこの場所にひどく不相応だと思えてしまった。
それに、棺には森川美麗本人がいる。
死に化粧をしているとはいえ、心から送ったつもりだが、フラッシュバックしてしまったら最悪の場合が起きかねない。
流石にそれは申し訳ないどころではないし、心から送り出せなくなってしまう。
錦はこれ以上ここにいることは無理だと思い、白い菊をポケットに入れた。
気持ちは伝えた。恨んではいない、むしろ悲しい、と。何かがあったのかもしれないが、あっちでは安らかにしてくれと。
本格的に送り出すのは、なにか違う気がした。
そして、見たところお別れの儀は全員が参加するものでもなさそうだったので、錦はこれで会場を後にすることにした。
結局、錦自身で森川を送ることは出来たものの、区切りはつかなかった。
森川美麗が溺れるほどに愛されていたことはわかったことで、改めて疑問が湧き上がって来たのだ。なにが彼女をそうさせたのか。とはいえ錦にこれ以上のことは出来ない。この心情を乗り越え、理解するには時間がかかりそうだが、上手いこと付き合って、時間をかけて納得しよう。
仕方がないことだ。もう、誰にもどうにもならないことなのだから。
錦がそんなことを考えながら会場を出ると。後ろから呼び止められた。
「ちょっと待ってっ」
振り返ると葬儀場の職員だと思わしき女性がいた。なんでわかったかというと、白い手袋をしていたからだ。
「深見錦くんだよね?」
「はい」知り合いか?錦が記憶をたどっていると女性が続けた。
「話があるの」
ああ、そういえばこの人、受付の人か。錦の記憶が数時間前のことを思い出した。
「なんでしょうか?」
「ちょっと、申し訳ないんだけど、まだやらないといけないことがあるから、連絡先交換してもいい?」
わざわざ引き留めたくらいだ、なにか大事なことがあるのだろう。
「ええ。大丈夫ですけど」
この女性は受付の際にもなにか気づいた様子だった。やはりなにか知っているのだろうか?
連絡先を交換すると、女性は宇都宮さゆりという名前であることが分かった。
そして、引き留めたことを軽く謝罪されるとあとは後日連絡すると言われた。
宇都宮が式場に戻ると、それを見送ってから錦も式場から離れた。
適当にタクシーを捕まえて、駅に戻る。そして電車に乗り、車窓を眺める。何回かの乗り換えをするたびに景色が田舎から都会に移り、空もだんだんオレンジに。
もう森川美麗は骨になっているだろう。
彼女が天へと送られた場所から、死を体現した場所に錦は戻って行った。
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