Missing - 第十一章「paper」【創作大賞2026ミステリー小説部門応募作】
森川美麗の遺書。
まず、本当にごめんなさい。
錦くんにまた迷惑をかけてしまうことになってしまうこと、本当に申し訳なく思っています。それに、迷惑の度を越えているのも自覚しています。
でも、いまの私にはこれ以外にどうしたらいいのかわからなかった。
最後にわがままさせてください。
私は錦くんに人生を救われた
周りのみんなに本当の自分を出せなかった時に、正直になれたのは錦くんだけだし、錦くんの小さくともまっすぐなところに本当に心から憧れた。
なにより、たくさん相談に乗ってくれてありがとう。
お父さんのことは、結局私が直接「嫌だ」って直接言って、家族会議を開くことになって解決しました。一応報告です。
それよりなにより、一番感謝しているのは、さゆりとのことです。
一歩踏み出せなかった私の背中を押してくれたから、最後までまたさゆりと親友でいられました。
錦くんにずっと会いたかった また会いたかった
直接感謝を伝えたかった
でも、先に私の心が壊れちゃったみたい
もう限界。
錦くんが記憶喪失状態だっていうのは聞いていたけど、最後の希望にかけてみました
錦くんは私のことを覚えていなかったみたいだけど、私は面影と髪の色ですぐに気づいちゃいました
東京の街で見かけた時は本当に驚いたし、人違いだろうなって思ってたけど、その後も何回か見かけることがあって、確信した
すっごく嬉しかった
私の心を救えるのは錦くんしかいないと思って、声をかけたの
でも、覚えてなかったね
仕方ない、けど、悲しかった
私は今、友達の痴話喧嘩に巻き込まれたり、職場でのあれこれとかで精神をすり減らしています
正直とても辛い
でも、私はいつも頼られて、みんなの背中を押す係。私が弱みを見せたらみんなが不安になる。
子どものころからそう。周りのみんなが悪いなんて一ミリも思っていないけれど、たまには私の話も聞いて欲しかったな。
頼られるのは嬉しいけど、重荷になってたんだ。ずっと。
きっと自覚していないところでストレスが溜まっていたんだと思う。
私、成長してないね。
だからと言っては本当に申し訳ないけど、最後にもう一度だけ錦くんを頼らせてください。
自分勝手でごめんなさい。
もう私はどうすればいいか・・・
写真を撮るのもあの頃から続けてるの。写真の中だけが私の世界だったから。
錦君の無邪気な笑顔の写真は心の支えでした。誰にも見られないように最後にアルバムに隠しておくのでよかったら貰ってほしいな。
なんか、これを書いていると昔君と話していた時を思い出す。これを書いている今、どこか幸福を感じてます。
でも、君にこれが届くころにはもう。
思い出してくれたなら、私のことをどうか忘れないで欲しい。
本当の私は君の心で生き続けます。
幸せを、傍で、天から見届けます。
さようなら。
本当にありがとう。
さゆりへ
突然で本当にごめん、結局最後までさゆりには打ち明けられなかったな
さゆりには一番不安になって欲しくなかったの
許して欲しい、と言ってもきっと怒るだろうね、ごめん
でもね、嬉しいこともあるの
多分、私のお葬式はさゆりのとこで行われるでしょ?
年取ってお互いのことを忘れる前にしっかりとさゆりに送ってもらえるなら悪くないかな、って思ってる
だから泣かないでね?
さゆりは強い。だから、きっとこれからも大丈夫だろうなって思う
空から見てるね
ごめん、悲しいわけない
さゆりとももっと話したかったなあ
中学生の時のこと、本当に今でも後悔してるの。
勇気を振り絞っておまじないに誘ってよかった
結果的におまじないは失敗だし、それが現実になっちゃったけど、人生で一番うれしい瞬間だったよ
もっともっと正直に、さゆりにはちゃんと正直になれたらよかったな
自分勝手でごめんね、
さゆりの悲しそうな顔、不安そうな顔、もう見たくなかったんだ。
たくさん泣いて、また前に進んでください。
家族へ
まずは先立つ不孝を許してください。
理解はできないかもしれないけれど、私の選択を許してほしいです。
そして、今まで育ててくれて本当にありがとうございました。
小さい時から色々な経験をさせてくれて、それが今の私を作っています。
それに、私が看護師として働いて、たくさんの人とふれあえたのもきっかけは医者として働く二人です。
看護師という職業は大変なこともあるけど患者さんからたくさん感謝されたりしてとてもやりがいはありました。
お二人はぜひこれからも日本の医療現場で頑張って欲しいと思います。
遠くから見守っております。
遺書は全部で5枚。
3枚は錦に、一枚は宇都宮に、一枚は親へ宛てたものだった。
ところどころ文字の滲みや紙の皺が確認でき、これを書いていた時の美麗の様子が容易に想像できた。
特に宇都宮の手紙は一番文字が滲んでいた。
「そうだったのか……」
錦は一通り目を通してから宇都宮に書かれた部分を彼女に渡した。
そして錦は再び遺書に目を通す。
信じられない話ではあるが、美麗が生涯で心を開いたのはあの幼いころの錦ただ一人であったようだ。
確かにあのころの切羽詰まった様子や絶望の表情は今考えると深刻なものだ。
当時のまだ小さい、何も知らないと言ってはあれだが、子供だった錦には多少気楽に話せたのだろう。
そして、錦はわからないなりに美麗に言葉を投げかけ、それが刺さった。
再び精神的に追い詰められた美麗が偶然、それも約二十年ぶりに自分の住んでいる街で錦を見かけたのだ。また頼りたくなった、話を聞いてもらいたくなったのはわからないでもない。
人生で唯一の拠り所。
推測だが、錦が美麗のいた街におそらくラーメンを食べに行った際に後でもつけられていたのだろう。
あと一歩決心してくれれば、ドアをノックしてくれればまた錦は美麗を救ってやれたかもしれない。記憶はなくとも困った人がいたら手は差し伸べたはずだ。
美麗はあの日、おそらく玄関のドア、その外側で首をくくるつもりだったのだろう。
だが、偶然にも錦が鍵をかけ忘れており、部屋に入った。
そして、そこで。
グスッ、グスッ
錦が考えていると宇都宮のすすり泣く声が聞こえてくる。
「美麗……」
宇都宮も彼女なりに受け止められただろうか?
美麗は最後まで宇都宮には錦のことを話さなかった。
もしかしたら錦と再会して記憶が戻っていたら、それも含めて、美麗の心の内も含めて三人で話していたかもしれない。
美麗は宇都宮に錦を紹介しようとしていたのだから。
でも、それも叶わなかった。
「錦くん、そっちも読ませてほしい」
宇都宮は錦と両親にあてた遺書にも目を通した。
「そっか、錦くんは思ってた以上に美麗にとって大きな存在だったんだね……」
宇都宮は涙声でそう言う。
「自分も驚いています、当時まだ小学生でしたし」
「それがむしろ良かったんだろうね」
「かもしれないですね…」
遺書は一応ここまでついて来てくれたツカサにも読んでもらった。
「なんというか、心が痛いです」
「ありがと、共感してくれる人がいたら美麗も喜ぶよ」
錦はまた過去に思いを飛ばしていた。
ここで美麗と話した日々を、改めて。
今日のような空を写真に収めるのが美麗は好きだった。
錦は一応と持ってきていたカメラで一枚、写真を撮ることにした。
撮影に関しては宇都宮があらかじめ森川の父に直接許可を貰っていた。今日の来院も、この後伺うこともアポを取ってくれたのは全部宇都宮だ。ここら辺は流石社会人だなと思う。
そう思うと当時の美麗が院内で写真を自由にとっていたのはかなり両親、というか父親の親バカなところが表れているなと思い、少しだけおかしくなった。
錦は渾身の一枚のためにカメラを空高くに向ける。
こんなに澄んだ空なら、美麗も写る気がした。
パシャッ
撮った写真を画面で確認すると、もちろん美麗は写っていない。
だけど、雲一つない清々しい済んだ青色は森川美麗の名前に似合う美しさだと思った。
そしてこの後は院長室に向かう。
すると、「僕はここで」とチヒロが帰ろうとした。
まあ、後ろめたい気持ちしかないだろうし、美麗の遺書を隠していたことは普通に犯罪だ。父親に会いたくないのは当たり前だろう。
「いや、お前も来い。ちゃんと見届けろ」
錦が言う前にツカサが言ってくれた。
どのような判断、処罰が下るかはわからないが、チヒロには責任として最後まで見届けてもらわなければならない。
「…わかった」
こうして四人で院長室、美麗の父親がいるところへ向かった。
受付でアポを取っている旨を伝え、看護師に案内してもらう。
正直、院長室が近づくにつれて錦は吐き気を催していた。
三人には事細かには言っていないので錦にしか知りえない話だが、院長室で美麗は父親の不倫を目撃しており、それがさらに美麗の心の傷を深くした。
気分が悪い。
コンコン
「院長先生、ご連絡していたお客様です」
看護師がそう告げながら扉を開く。
すると、さらに奥の部屋からこの前美麗の葬式で会った森川明憲が現れた。
「よく来てくれた。さ、どうぞ」
そして森川明憲は四人を真ん中にあるテーブルとソファに促す。
「で、今日はどうしたの?さゆりちゃん」
視線はアポを取った宇都宮に向けられている。
「本当はこの、錦くんも交えて美麗の昔の話をしたかったのですが……」
宇都宮は錦とチヒロに視線を向ける。
チヒロは俯いている、がもう覚悟はできているようだ。
「実は、美麗さんの遺書が見つかったんです」
切り出したのは錦だ。
「えっ、本当かね!?」
「ええ、実は……」
事情は宇都宮が簡単に話した。
「そうか……」
森川の父は理解のある人のようだ。
「それで、これが遺書になります」
錦がカバンから5枚の便せんを取り出した。
「全部、読んで欲しいんです」
宇都宮が真剣なまなざしを向ける。
「わかった。読ませてもらおう」
そして森川明憲は美麗の遺書を読み始めた。
「そうか…そうだったのか…」
森川明憲は読み終えると視線を錦に向けた。
その目は涙を湛えている。
「錦君が、美麗のことを救ってくれてたのか…、本当にありがとう」
「いえ」正直一発怒鳴ってやろうかとも思っていたが、やる気が削がれてしまう。
「父として恥ずかしいこともしてしまったけれど、傍に錦君がいてくれてよかった。本当に情けない……」
「……美麗さんは、美麗さんはお父さんのことを本当に尊敬していたと思います。それが一瞬で崩れた時の絶望は俺にもわかりません。改めて反省してください」錦にはこれを言うのが精一杯だった。
「そうだな、悪かった……」
その後も話をし、森川明憲の口からは当時の錦の話も出てきた。
なんと、当時錦の癌の治療を担当していたのはまだ院長になる前の森川明憲だったらしい。
「辛い経験をさせてしまった。併せて申し訳なく思っている」
そんなことも言われた。
そして、チヒロに関しては明憲の意向で不問となった。事件にはしないらしい。
錦としても不法侵入の側面もあるものの、じっくりと反省してもらうことで許し、友人としてこれからも接していくと話した。
陽が沈み、四人で美麗の育った家に向かった。
チーーーーン……
美麗の遺影の前、りんを慣らして線香に火を付ける。
改めて安らかに眠っていて欲しいと思う。
四人がそれぞれ線香をあげると、食卓に案内された。
食卓には色とりどりの食事が並べられており、食欲をそそった。
そして荷物を置いて席に着いた時、チャイムが鳴って宇都宮の家族もやって来た。
「こんなにたくさんの人に囲まれたら、美麗も喜ぶわね、それに、さゆりちゃんと錦君がいるんだもの」
美麗の母親にも一通りの事情は話してあり、錦たちは温かく歓迎された。
チヒロは始めこそ気まずそうだったが、だんだんと多少明るく振る舞ってくれた。
寛大な両親に感謝。
「いやー、本当にお母さんの料理は美味しいですね!」宇都宮もとても喜んでいる。
食事中には錦たち三人の大学の話や将来のこと、そして錦の口からは皆が知らない昔の美麗の話をしてそれぞれに楽しんだ。
「本当にありがとうございました」
食事が終わり、森川家を後にする。
今日はこの後宇都宮の家に泊まらせてもらえるとのことなので宇都宮の実家に向かう。と言っても目と鼻の先なわけだが。
錦たち三人は使っていない畳の部屋に来客用の敷布団を敷いてもらい、そこで寝ることになった。
諸々就寝準備が整い、寝ようと目を閉じた時、チヒロが口を開いた。
「二人とも、本当にごめん」
「んあ?寝るって時にまたなんだ」
「もういいって言ってるだろ?」
「うん、でも、やっぱり改めてさ……」
「もう終わっちゃったことだし誰も怒ってなかっただろ?心配すんなって」
「そうだ、これからちゃんと反省すればいい」
「ありがとう、ありがとう……」
「変なことだけは考えんなよ?」
「本当にそうだぞ」
おそらく泣いているだろうチヒロはそれ以上何も言わなかった。
翌朝。
至れり尽くせりで本当に申し訳ないが、宇都宮の母は錦たちの分の朝食も作ってくれていた。
「おはようございます」
目が覚めてすぐに美味しそうな匂がしてくるのなんて数年ぶりだ。実家に帰って来たような安心感と懐かしさがある。
そして寝ぼけてきた宇都宮のとんでもない寝ぐせにみんなで笑い、朝食を摂って宇都宮家も後にした。
「ありがとうございました」
すると、「あ、そうだ」と言って宇都宮の母が家の中から一つの包みを持ってきて錦に手渡した。
「これも、一緒にお願いね」
「わかりました」
中身はわからないが目的はわかる。
改めてお礼を言って錦たちは次の目的地へ向かった。
次の目的地は、宇都宮の家が代々引き継いでいる葬儀場だ。つまり、美麗の葬式が行われた場所。
運転は宇都宮がしてくれて、すんなりと到着。
「よし、着いた。一緒に来る人いる?」
ここではこれから向かう場所で使う道具を調達するのだ。
「じゃあ、俺手伝います」
とりあえずは助手席に座っていた錦が手伝うことに。
「懐かしいね、」
「ん?なにがです?」
「いや、君と初めて会ったの、ここの受付でしょ?」
そう言えばそうですね。
宇都宮との出会いはここの受付だった。
「あの時、本当に黒染め下手だったなあ」
「え!?マジっすか!?」
「うん、わっかりやすかった」
「初めてやったんで…」
「まあ、気づいたのは名前でなんだけどさ、あの時はびっくりしたな」
「そうですよね、普通行きませんもん」
「うん、とち狂ってるのかと思った」
「それは言いすぎじゃ」
「ま、あの時君が来てくれてなかったら今でも全部わからなかったしね、感謝してるよ」
「いや、こちらこそ」
そして二人は目的の道具を手に車へ。
ツカサとチヒロは大人しく後部座席に収まっておりそこへ持ってきた荷物を渡す。
「ちょっ、結構狭いよ?」
「文句言わない!さあ、行くよ!」
そして再び宇都宮がハンドルを握る。
目的の墓はえらく開放的な山間の霊園に建てられていた。
「ここが」
ここに森川美麗は眠っている。
生前の彼女とは思えない質素な墓石に、宇都宮が花を生ける。
「私、一時期華道やってたから任せて」
そう言って宇都宮は黙々と作業を始めた。
見る見るうちに完成していく立派な華の塔。
その間に錦たちは墓石の清掃を済ませる。
もう気温も低いので水をかけるのはほどほどに。
「よしっ」
そして宇都宮が少し離れたところから全体観をチェックする。
出来上がったものの錦たちに花の名前は全然わからない。
ただ、その多くを占めている花の名前は知っている。
真っ白な百合とこれまた白い菊の花だ。
「百合、ですか?」
「うん、美麗の一番好きな花。私の名前と同じだからってよく美麗の家の玄関に飾ってくれてたんだ。」
「そうなんですね」
「花言葉で純粋、とかそういう意味があるんだ」
「百合って花言葉が怖いイメージありましたけど、こうしてみるととても似合ってますね」ツカサはこういうことも知っているらしい。
「そうね、それはギリシャ神話とかのはずよ。そっちの方はあんまり詳しくないけど」
「そうなんですね」
「ま、いいのよ花言葉なんて、美麗が好きな花ならなんでもね!気持ちよ気持ち!」
「そうですね!」
そして四人はお墓に手を合わせ、線香をあげた。
宇都宮と錦は「また来るね」と言い、ツカサとチヒロは「安らかに」と祈った。
「じゃあ、まあ、またいつか、かな?」
「はい、是非またお話したいです」
宇都宮はここが地元だ。当然電車には乗らない。
三人が宇都宮に別れを告げ、改札に向かうと、「やっぱり!」という宇都宮の声が聞こえ、錦は振り向かされた。
「えっ」
錦がなにか言う前に、宇都宮の唇が錦の唇と重なる。
「なにするんすか…!」
「へへ、代わりだよ、代わり」
「俺の心は揺らがないですからね」
「わかってるよ、最後のいたずらだよ~」
「じゃあ、もう行きますからね」
「うん、ありがとう。錦くん。」
「え」
今、宇都宮から発せられた声が美麗の声に聞こえた。
そんなわけはないか。
「なにしてるの?早く行きなよ、ここ電車全然通ってないぞー」
宇都宮はそう言って錦たちを促した。
最後のいたずら、ね。
全てが終わり、錦たちの住む街へ帰って来た。
駅で別れ、一応チヒロには錦とツカサから再三の注意をしておいた。
「も、もうそんな気起こさないってば!安心して!また明日!」
そう言ってまずはチヒロが帰宅した。
「じゃあ、俺も。なんというか、他人事みたいに思うかもしれないが、学ばせてもらったよ」
「いいんだよ他人事なんだから、サンキューな」
こうして錦とツカサも別れる。
自分の部屋の前に着く。
ガチャ
いつもの動作でなんの躊躇いもなくドアを開ける。
「ただいま~」
心の中で呟いて荷物を置く。
錦はもうすっかりここで人が死んだなんてことは思っていない。
むしろ、温かさを感じている。
美麗の葬式から持ってきてしまった白い菊は枯れてしまっているので今は同じく白い菊の造花を窓辺に置いてある。
帰ってくるとその造花は窓の外を見ているようであった。
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