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ダバオでの邂逅と「密談」の真意

 



​ 『閃光のハサウェイ 第一部』には、ファンの間で難解と呼ばれる会話のシーンがある。ハウンゼンが緊急着陸したダバオの空港ラウンジで、ハサウェイ・ノアとギギ・アンダルシアが初めて言葉を交わす場面だ。

 物語が動き出す重要な局面でありながら、初対面とは思えないほど抽象的で鋭い言葉が飛び交う。それだけに、観客には難解だと思われてしまったんだろう。

​ 私なりにその台詞を意訳してみた。まずは、劇中そのままのセリフを書き起こしてみる。


​劇中台詞:ハサウェイとギギの邂逅

​「さっきはなんで笑ったんだい?」

「笑った?……そう?……私か?」

「なんでマフティーの名を語る連中って見抜けたんだ?」

「人は体に表れますもの。あ、そうだ。今思いついたんだけど、さっき笑ったのはね、マフティー・ナビーユ・エリン、つまり正当な預言者の王という名前を名乗るのはあなた、ハサウェイ・ノアだって分かったってこと」

「ははははは、ご覧のとおり僕は普通の青年だよ」

「正直ね、そういうの好きよ」

「こういう言い方も嫌いだろうけどーー」

「言ってみて」

「なんで君はそう思ったのかって」

「ハウンゼンに乗れた、それにしては若すぎる。なぜあんなふうに戦えたか、十分よ」

「なんでさ?」

「人って自分のことになるとバカになるって本当ね」

「教えてくれ」

「そうでしょう?マフティーの名前を利用する連中に出会って、カーッとしてやっちゃったのよ」

「ああ」

「ふふ」

「こんなことで僕がーーいやいい」

「こんなこと、他の人には喋らないよ。嫌われるの嫌だもん。本人ならいいでしょ?とてもスリリングだし楽しいわ」

「楽しいかーでも、言葉で人を殺すことができるというのを覚えていてほしいな」

「あ…」

「これは比喩ではないよ」

「そんな!そんなことは絶対いやだ!私ーー」

「…ギギ・アンダルシア…」

「私、こういうんじゃないよ、本当だよ」

「分かるよ。でも事実というのは注意深くゆったりと進行するものさ」

「そうだね、それ最近分かるようになった」

「そうか、辛いんだ」

「バカ」

「ここでの会話は忘れよう」

「忘れないよ。あなただってそうじゃないか……」



​私見:行間に隠された「意訳」

​ 二人の会話を、その背景にある感情や社会的なパワーバランスを汲み取って書き換えると、このような響きになるのではないか。

​「ハウンゼンを降りるとき、なんで笑ったんだい?」

「笑った?……そう?……私か?」

「なんでマフティーの名を語る連中って見抜けたんだ?」

「本物のマフティーなら、身代金目的のハイジャックなんて情けない真似はしませんもの。直感でそう感じたの。あ、そうだ。今思いついたんだけど、さっき笑ったのはね、マフティー・ナビーユ・エリン――つまり『正当な預言者の王』という名を背負って立つのはあなた、ハサウェイ・ノアだって見抜いちゃったからよ」

「ははははは、ご覧のとおり僕はどこにでもいる普通の青年だよ」

「テンプレート通りの返事ね。そういう白々しくなれるところ、嫌いじゃないわ」

「こういう聞き方も嫌いだろうけどーー」

「言ってみて」

「なんで君は、僕がマフティーだなんて飛躍した結論に至ったのかな」

「特権階級のハウンゼンに乗れる身分なのに、それにしては若すぎる。そして、あんな極限状態で迷いなく戦えた。きっとハウンゼンを手配できる強力なスポンサーがいて、正体を隠すための立派な肩書きもあってーーさらにマフティーとしての実戦訓練も受けている。理由はそれで十分よ」

「それだけで、僕が危険を冒してまで偽物たちを制圧した理屈にはならないよ。なぜ断定できるんだい?」

「人って自分のことになると、途端に客観性を失ってバカになるって本当ね」

「教えてくれ」

「そうでしょう? 自分の理想を掲げた『マフティー』の名を安っぽく利用する連中に出会って、我慢がならなかったのよ。あなたたちの崇高な意志を汚されたことに憤り、思わず体が動いてしまった。そうじゃない?」

「ああ。それで、君には僕の正体が透けて見えたという理屈か」

「ふふ」

「こんなことで、僕という人間が……いや、いい」

「こんな危うい話、他の人には喋らないわ。誰かに嫌われるのは御免だもの。テロやハイジャックの話題を嫌がる人は多いわ。でも、本人相手なら構わないでしょ? とてもスリリングだし、楽しいもの」

「楽しいかーー。でも、君が発した言葉が情報として独り歩きし、僕がマフティーとして包囲され、マンハンターに処刑される未来だってあり得る。それは、言葉が直接的に人を殺すということだ。その重さを覚えていてほしいな」

「あ……」

「これは比喩ではないよ。現実の話だ」

「そんな! そんなことは絶対いやだ! 私の言葉が巡り巡って、誰かを死に追いやるなんて!」

「……ギギ・アンダルシア……」

「私、そんなつもりじゃないの、本当だよ。この話は、絶対に誰にも漏らさないし」

「分かるよ。でも事の真相というものは、当事者のあずかり知らぬところで、注意深く、かつゆったりと破滅へ向かって進行するものさ。気がついた時にはもう手遅れになっている。今は、いつ誰がトラブルに巻き込まれてもおかしくない時代なんだ」

「そうだね。それ、最近ようやく分かるようになった」

「そうか。君も若いのに世間の冷たさを知っているんだな。辛い経験をしてきたから、社会全体の構造が見えてしまうんだよ」

「バカ。そんなんじゃないわ。別に、辛いと思ったことなんて一度もないもの」

「ここでの会話は、お互いに忘れよう」

「忘れないよ。あなただって、本当は忘れるつもりなんてないでしょう……?」



「共犯者」たちの高度な言語感覚


 この会話が難解とされる最大の理由は、観客を徹底して「第三者」の視点に置いているからなんだよ。

 たとえば、カフェで隣のカップルの会話を盗み聞きしたとしよう。若い男女が「殺しちゃえばよかったのに」「抵抗されると厄介だからな」などと物騒な話をしていたら、誰だって耳を疑うだろう。でも、その後に「やっぱりあの監督は演出が上手いね」という一言が続けば、「ああ、映画の感想か」と合点がいく。

​ ハサウェイはマフティーとして、この世界の裏側にへばりつく汚濁を知り尽くしている。対するギギもまた、普通の少女であれば経験し得ない数奇な人生を歩み、他者の心理を本能的に読み取る術を身につけてきた。

 そんな二人が出会えば、まどろっこしい説明など必要ない。彼らが抽象的な、あるいは断片的な言葉だけで意思疎通を測っていたのも、ある意味では必然と言える。

​ 知性の高い人間というのは、時として短いセンテンスの中に膨大な情報を込め、的確な表現を用いて対話を成立させてしまうものなんだよ。このシーンの美しさは、その「言葉の余白」にあるのではないだろうか。

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山下静希 自分の記事の価値を知りたいと思っています。 いただいたチップで一杯の美味しいコーヒーを飲ませていただきますので、応援よろしくお願いします。