『あがめよ! たたえよ! 福神ちゃん』第3話 かなえて! やめとけ! 福神ちゃん
六月に入ってからというもの、福神ちゃんの占い結果は晴れが続いている。彼女の調子はいいのだろう。とりあえず、天気が占えた。それだけでたたえるべきだ。ひところは天気まで到達しないことのほうが多かったのだから。当たらないことを不満に思うのは贅沢というもの。
教室の窓からみえる空はどんよりと曇って、ひたすらに雨を降らせている。じとじと空気は重く気分も沈む。深い意味もなく、溜息が出る。
なのに、こちらの気分をそっちのけで、教壇では巣鴨先生が熱弁をふるっていた。
「いいか、よく聞いてくれ。今度、一年生全クラスで、数学の小テストが実施される」
余計に気分が沈んだ。苦手なんだよね、数学ってさ。
「そのテストで学年最下位をとった者は、学年集会の場で表彰されることになる」
ううん? 最下位で表彰? うちの学校もどうかしているね。
「そして、表彰されたものには、表彰状と共にもれなく、保護者面談、および、担任マンツーマンでの夏期休暇特別補習がついてくる」
最悪な、もれなくだ。
巣鴨先生が肩をふるわせた。
「わかるな。頼む。勉強してくれ。ぜったいに学年最下位だけは避けてほしい!」
巣鴨先生……実は生徒思いのいい先生だったのですね。
「いいか、先生はな、ぜったいに夏期補習なんか担当したくないんだ! 夏休みぐらいゆっくりさせてくれ」
勘違いだったね。ダメな大人だ、この人は。
「教師ってのは大変なんだ、思いやれ。思いやりを持てる人間になってくれ。もう大変なんだよ、いろいろと。特に斎藤太郎、おまえらは厄介すぎる。しかも、おまえたちは最下位筆頭候補だ。いやすぎる。頼む。頼むから勉強してくれ。もう今回だけでいいから、勉強して、最下位は避けてくれ。もう嫌なんだよ」
巣鴨先生が目に涙を浮かべている。
表情だけなら、生徒思いの熱血教師にみえるのに、残念だ。
この人、確実に教師に向かないタイプだよ。
だが、斎藤太郎は、巣鴨の涙に妙な共鳴反応を示した。
斎藤が感涙を目に浮かべつつ、席から立ち上がった。
これ、感動する場所なのかな?
「まかせてくれ! 先生! 俺はやればできる男だ」
やったことないのに、なぜできると信じられるのかな?
太郎も瞳を潤ませながら立ち上がる。
「いいでしょう。私の頭脳をみせてあげましょう」
もう十分にみせてもらっているから、けっこうです。
「やってやるぞ! さっそく勉強だ! いくぞ! おまえら」
うん? いや、僕は関係ないよね? 最下位争いするような点数とったことないし。
「そうですね。善は急げです。さっそく図書室で勉学に励むといたしましょう」
右手を斎藤に、左手を太郎につかまれ、僕も立たされた。
うそでしょ?
そのままひきずられ教室から連れ出される。
「がんばれ! 信じているぞ!」
背後から巣鴨先生がエールを送ってきた。
いや、応援しないで止めてよ。授業中でしょ。
なんか、もう泣きたい気分。心の中にも雨がふる。
うちの学校の図書室は古い。まあ、学校自体が古い公立高校なので当然といえば当然なのだけれど。しかも先日の付け髭ぼや騒ぎで大雨が降ったうえに季節も梅雨なので、湿気もすごい。本棚などはそのせいもあって、触るとぐらつくほどだ。
あまり勉強に向いた環境とも思えない。というか、どうして授業中に教室を抜けて自習しなくてはいけないのか。
「よし、さっそくやるぞ、勉強だ! 勉強するぞ!」
およそ斎藤の発言とは思えない発言を斎藤がした。
「その意気です。さあ、始めましょう」
「よし、何から始める?」
何からもなにも数学のテスト勉強するのだろう?
「思うに、ここは現代文から始めるべきではないでしょうか?」
太郎が眼鏡の位置をなおしながら、意味不明な発言をした。
「なんで、数学のテスト勉強で現代文なんだ?」
斎藤の疑問に共感できた。珍しく。
「ふっ、あなたは数学の文章題でそもそも何を言っているかわからなかったことはありませんか?」
斎藤が驚愕に目を見開いた。
「ある! けっこう頻繁に」
「そうでしょうそうでしょう。私にもあります。これをなんとかせねば、われわれはそもそも数学の問題に挑むことすらできないのですよ」
「なるほど! そのとおりだ。さすがは太郎君。じゃあ、さっそく現代文から勉強するぞ!」
「ええ、そうしましょう」
この二人はどうやって高校に入学したのだろう。
太郎が本棚から参考書をもってきて、図書室の読書スペースの机に並べた。
「よし、がんばろうぜ!」
斎藤が気勢を吐いた。太郎が不敵な笑みをうかべつつ、うなづく。
そうして、僕らは図書室の一角で自習に勤しむことになった。
わからない。なぜ、僕は授業中に自習をしているのだろう。なぜ、数学のテストに備えて、現代文の勉強をしなくてはならないのか。いや、太郎が本棚から選んできたテキストは古今和歌集だ。これでは古文の勉強になるのではないか。僕たちはどこへ向かっているのだろう。
図書室の窓を雨粒が叩く。
嗚呼、
あれもよう はれることなし あれもよう
あまあしつよく こころよわりて
思わず胸の内を詠んでいると、スマホが鳴った。
太郎が眉をひそめる。
「図書室ではマナーモードにしてもらいたいものですね」
そうだね。うるさい。だまれ。
通知は福神ちゃん、からだった。まさか、付け髭ラインナップが増えたとかじゃないだろうな。
思いつつアプリを開く。
「元気か! すぐに勉強やめるといいよ。どっか行けよ」
いきなり何だ、このアプリは。最近調子がよかったはずなのに。
まあ、たしかにどこか遠くへ行きたい気分だけど、この二人が逃がしてくれない。
福神ちゃんはずり落ちかけた付け髭をなおしつつ、なにか思案するそぶりを見せた。
というか、その髭、いつもより長いね。うん、群馬だよね、それ。なんで課金してないのに付けてるんだろう。どうして勝手につけてるんだろう。
斎藤が僕のスマホを覗き込んで、上機嫌に声をあげる。
「お、おまえも群馬買ったのか。いいよな、群馬」
買ってないし、どこがいいのかわからない。
「はあ、茨城の良さがわからないとは、まだまだ子供ですね」
太郎は不機嫌そうだった。たしかに良さはわからないが。君に子供扱いされるのは心外だ。
思案を終えたらしい福神ちゃんが誇らしげに声を出す。
「よしきた! わかった! 知恵を授けるよ! 聞けよ!」
知恵……斎藤太郎と福神ちゃんは持っていないものだと思うけど。
「みんなで0点とればいいんだよ! それで解決。ここにいる必要ないよ! さあ、動こう! どっか行け!」
やっぱ持ってないね、知恵。なにを言い出すのやら……。
と思ったが、僕のスマホを覗き込みつつ、斎藤太郎が大声を上げた。
「それだぁぁ!」
「ふっ、なかなかの妙案ですね。最も少ない労力で最大限の成果を出せます」
いや、最低の成果が出ちゃうと思うのだけど。
「さすがだよ、福神ちゃん!」
「私ほどではありませんが、高い知性を感じます」
「えっへん! それほどでもあるよ! えっへん!」
斎藤太郎の称賛と福神ちゃんの高笑いが図書室に響き渡る。
図書室ではお静かに。
僕ら以外は誰もいないけど。授業中だしね!
「よし、じゃあ、俺たちは協力して0点とるぞ」
「異論はありません。これでマンツーマン補習も実現不可能となるでしょう」
僕は参加しなくていいよね、その0点共同戦線。
斎藤が僕の右肩を強く握った。太郎が僕の左肩に手を置いた。
「0点とれなかったら、絶交だからな!」
それはむしろありがたいかも。
「では、もうここにいる意味はありませんね。勉学に励んだせいで少々空腹となりましたし、学食にでもいきませんか?」
「いいな、決まりだ! 行くぞ!」
いや、忘れないで。今、一応、授業時間だから。
斎藤太郎に腕をひかれ、今度は学食へ連行される。
そうして、図書室を出ようとした瞬間、背後で大きな衝撃音がした。
三人して振り返ると、本棚が崩れて読書スペースには木片と書物が散乱していた。
もし、自習を続けていたら――そう考えて、少し体が冷えた気がしたが、斎藤の言葉に打ち消された。
「根性のない本棚だな!」
たいていの本棚に根性というものはない。
「さあ、学食へ行きましょう。私たちも腹を満たさないとあの本棚のようになりますよ」
太郎がうまいことを言ったみたいな顔をしてみせたが、別にうまくないと思った。
「頼んだぞ! 斎藤太郎。信じているからな!」
テスト用紙を配った巣鴨先生が熱くるしい声をあげる。
昨日、福神ちゃんが雨と占ったので、窓の外は久々の快晴だ。梅雨の合間の晴れ空は、とても気分がいいものだが、僕の気分はよくならない。
斎藤が自信たっぷりに宣言する。
「まかせておけ! 対策は完璧だ!」
その対策は、先生の予想の斜め下をつきぬけて行くものです。
「今孔明と呼ばれる私の力をお見せしましょう」
そんな呼ばれ方は初耳です。
ああ、心が晴れない。
答案用紙に目を落とす。それほど難しいものではない。けれど、0点共同戦線……。
約束を守る? 破る?
破って絶交されるのは、望むところという気もしてしまうのだけれど、斎藤太郎には振り回されるし、友人と声高にいうのはひっかかるけれど、いつもなぜか一緒だし、嫌っているわけではないし。楽しいか楽しくないかでいえば楽しいともいえるし。
思い悩んで、斎藤の顔を盗み見る。
真剣な表情でテスト用紙に向かっている。
いや、0点とるのにそんな真剣さいらないでしょ。
なかばあきれていると、僕の視線に気づいたのか、斎藤が顔をあげてこっちを見た。
「カンニングはやめろ」
いらっとした。
してない。というか、するにしても君のは見ない。
そもそも、0点狙いの答案をカンニングしてなんになる。
「最低ですよ、そんな真似は」
視界の外から太郎の追撃もきたので、僕の心は決まった。
0点共同戦線からは離脱させてもらう。
テスト用紙に向き合った。
悩んだ時間が長かったせいで、残された時間も少ない。
急いで回答を書き込んでいった。
そうして、斎藤太郎に対して気まずい思いを抱えた数日後、採点されたテストが返却された。
斎藤太郎は0点だった。
「やった!」
喜ぶ二人の前で巣鴨先生は泣いていた。
僕ももらい泣きしそうだった。
帰ってきた僕のテストも0点だった。
回答が全部一段ずれていたから。
迷いもあったし、急いでいたから……せつない。
福神ちゃんが立て続けに雨を予想したせいで、晴れが続いている。梅雨が明けたのかもしれない。
表彰の日の空は晴れ渡って雲一つなかった。
体育館に集められた一年生全員が並んでいる。僕はそれを暗い気持ちで壇上から眺めている。居並ぶ生徒から少し外れて一学年担当の教師陣が並んでいる。そこで巣鴨先生が泣いている。マンツーマン補習どころか、マンツースリーマンセル補習になってしまったからだろう。先生の夏期休暇はけっこう削られることになる。でも、それは僕も一緒だ。泣きたい気持ちも一緒だ。涙をこらえる。
表彰状が渡される。皮肉たっぷりに学年最下位のテスト結果をたたえる文面だ。心がおれそうになる。だが、そんな皮肉は斎藤太郎の前では無意味だ。
彼らも涙しているが、涙の意味はだいぶ違う。
壇上のマイクを勝手につかって、斎藤太郎が自らの業績を誇るスピーチを始めた。リーグ優勝を牽引したプロ野球選手にでもなったかのような、堂々とした語りぶりだった。
そして、長い。なかなか終わらない。同級生たちがげっそりした顔をしている。教師たちは苦々しい顔をしている。巣鴨先生は涙も鼻水も流している。
夢だったらいいのにな。
僕はどんな顔をしているのだろう。それがちょっと気になった。
帰宅は夕刻になった。夏期休暇がいよいよ近づいている。学生なら心沸き立つ時期だろうが、僕にとって迫っているのは夏期補習で、巣鴨斎藤太郎との親密な時間だ。
いっそ、雨でもふってほしい。僕の心をかわってほしい。
スマホを起動する。
「福神ちゃん、明日の天気占って」
「よしきた、まかせて! いっくよー! 元気出せ!」
福神ちゃんが元気一杯に踊りだす。
わりと君のせいでもあるんだけどね。
ふと、思った。
でも、もしあの時、福神ちゃんが自習をとめてくれていなかったら……?
福神ちゃんがおどりながらテキトー祈願。
「青巻紙赤巻紙黄巻紙、緑に白黒黄土色、茶色に黄緑赤緑、どれでも好きなの持ってって」
いらないよ。
「はいきた! きたきた! 来ちゃったよ! わたしはやっぱり、赤が好き!」
ああ、また天気占う気なくなっちゃったんだね、福神ちゃん。
了


