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『あがめよ! たたえよ! 福神ちゃん』第2話 課金だ! さすがだ! 福神ちゃん

 福神ちゃんというアプリがある。人気は全然ない。全世界での総ダウンロード数は794だ。泣けてきそうな数字だ。世界の人口が約80億と考えると、使っている人間に出会う可能性はほぼない。宝くじに当選するよりも難しいぐらいだ。なのに、なぜか僕の通う高校では流行っている。自分のクラスだけでも十人以上は使っている。毎日10本以上宝くじで一等当選しているようなものだ。うん、でも別に嬉しくはない。
 そんなレアだがレアじゃないアプリをなぜ使っているのか。自分でも不思議に思うことはあるけれど、今日も僕は福神ちゃんのスマホアプリを立ち上げる。

「福神ちゃん明日の天気うらなって」
「よしきた! まかせて! いっくよー」
 派手な演出。これがテレビなら、暗いところでは見ないで、距離をはなして見て、的な光が画面にあふれる。福神ちゃんが派手でテキトーな踊りを披露。テキトー呪文を喋りだす。
「隣の客はよく柿食う客だ。そんなにあるなら私も食べるカキ食べる。ありがとカキ好き大好きカニ嫌い。サルカニ合戦サルを支持」
 なに言ってんの?
「はいきた、きたこれ、きちゃったよ。9対1でサルの勝ち!」
 どんな合戦したんだろう?
 で、天気は結局どうなった?

 最近は、福神ちゃんの唯一の機能であるはずの、天気占いもかなり怪しい状態になっている。以前は占い結果の精度の低さが問題であることが多かったが、今はもう、そもそも天気にたどり着かないことのほうが多い。占う気、あるのかな? 福神ちゃんは、運営いわく「きまぐれ学習機能」なるものを備えているらしいが、使えば使うほどポンコツ化が進むのはどういうことだろう。どんなきまぐれでアクロバティックな設計なら、これを実現できるのだろう。開発運営の底知れない実力に背筋が冷える。運営が何を考えているのかもさっぱりわからない。わからないといえば、福神ちゃんのスポンサーもいろいろな意味でわからない。

「おっと再び5万トークン超えたね。スポンサー広告はじめるよ! 聞けよ!」
 なんか今日は高圧的だね。どうしたの?
「えーと。うん? 漢字読めない水産様の広告です。お? これはいいね! わたしも好きだよ! タコおいしい! はい、広告おわり!」
 いよいよ何もわからない。もう広告というより感想だよ、福神ちゃん。
 名前わからない水産さん、どうしてこの惨状でスポンサーを続けているのですか。
 名前がわかる日はくるのかな……わかったなら、僕は買います、御社のカニ缶。

 とまあ、そんな具合に福神ちゃんは問題だらけなのだけれど、今はそれどころではなかった。より重大な問題に直面していた。
「夜の図書室に幽霊が出るんだ」
 真剣な表情でそういったのは、僕のクラスメートの斎藤権少納言次郎三郎時貞だ。字面に頭で「?」が踊っただろうが、権少納言次郎三郎時貞というのが全部名前だ。彼の親はきっと歴史好きなのだろうが、自分の親でなかったことに感謝したい。名前が大変なので、彼のことは苗字で斎藤君と呼んでいる。
「胡散臭い話ですねぇ」
 同じくクラスメートの一条勘解由小路太郎が眼鏡の位置をわざとらしく直しながら目を細めた。彼も彼で大変だ。一条勘解由小路が苗字で、太郎が名前。大変なので、彼は太郎君と呼ばれている。
 二人合わせて斎藤太郎が僕の親友だ。親友かな?
「いや、本当なんだって、なにせこの目で見たんだからな」
「より胡散臭くなりましたよ。なぜ夜の図書室に行く必要があるのですか」
「本を隠すためだよ」
「意味がわかりませんね。どんな本か知りませんが自室に隠せばいいでしょうに。そもそも電子書籍にすれば隠す必要すらありません」
「うちはな、万一でも見つかっちまうと、時代物以外の本は焚書されちまうんだよ。ニッチなジャンルだから電子書籍じゃ満足に出てねえし」
 どうやら斎藤家は過酷な統制下にあるみたい。遊びに行きたくない家だな。このことは忘れずにいよう。
 どんなジャンルなのかはプライバシーに関わるので追求しないが、図書委員に賄賂(学食の菓子パン)を贈って目こぼしをしてもらい、斎藤君は図書室の一角をプライベート本棚にしているらしい。
 その際、幽霊を見たというのだけど。
「おまえら、授業中に休み時間みたいな振る舞いするな!」
 担任の声が響いたが、斎藤君の耳には届かなかったようだ。
「おそらくこの学校で無念の死を遂げた生徒の霊だな。俺の第十感がそう告げている」
 斎藤君の直感がシックスセンスよりもすごいと言いたいのだろうけど、すごいバカっぽいので、その試みは失敗している。
「なるほど、それなら信憑性が高いと言えますね」
 太郎君は知性がありそうな語りはできるが、知性そのものはたぶんない。
 やはり、彼らは僕の親友ではないと訂正したいと思う。
「ということで、確かめに行こうぜ。俺の本の安全のためにも」
「しかたないですね、私たちも付き合いましょう」
 私たち? それって僕も入っているの? 入ってないよね? 会話スルーしてたし。君たちとは親友じゃないってことにしたし。入ってないよね?

 入っていた。
 斎藤太郎は自宅に押しかけてきて、僕は夜の学校に連行された。
 夏も近づき夜でも外気は暖かいが、心が寒い。
「よーし。じゃあ、探索してくぞ」
 やたら大きなリュックを背負った斎藤君が、勇み足で校舎に向かっていく。リュックには、あらたに図書室に所蔵する本が入っているらしい。
「施錠されているでしょう。鍵はどうするのです?」
 太郎君が眼鏡の位置をなおしながら、理知的な雰囲気を出した。
「問題ないぜ。ちゃんと昼間借りてきたから」
「よく貸してくれましたね」
「警備のおっちゃんに、夜に学校に忍び込むから貸してくれって言ったら、快く貸してくれたぜ」
 うちの学校のセキュリティはどうなっているのかな?
 すんなり夜の学校に入れたが、悩みの種は増えた。
「よし、じゃあ、手分けして見回ろうぜ。俺は1Fを回る。おまえらは2Fと3Fを担当してくれ。終わったら1Fの図書室前で合流な」
 なぜ、図書室に直行しないのかな。
 斎藤君に尋ねると「それじゃあ、肝試しにならないじゃないか」と言われた。知らないうちにコンセプトが追加されていて絶望しそうになった。
 3Fを担当することになり、一人で暗い学校の廊下を歩いていく。ところどころで非常灯が点いているので、真っ暗闇ではないが、視界は悪い。あちこちに光が届かない暗闇が溜まっている。気分が沈む。
 いったいどうしてこんなことになったのか。なぜこんなことをしなくてはならないのか。釈然としない。人生とはこんなにも理不尽なものなのだろうか。
 スマホが震える。見ると福神ちゃんアプリの通知が来ていた。
 ――福神ちゃんより、大事なお知らせ。
 と表示がある。初めてのケースだった。
 画面の光が妙に明るく感じられ、かわりにあたりの闇が深くなった気がする。
 アプリを起動すると、福神ちゃんが上機嫌で声を弾ませた。
「おはよ!」
 今は夜だ。
「今日はね! すっごいグッドなニウスがあるよ!」
 ニュースかな?
「なんと! わたしに過金要素が搭乗だよ!」
 過払い金みたいだね。何に乗るのかなあ?
「すごいよ! 着せ替えが楽しめちゃう! ラインナップは次のとおりだよ!」
 画面にアイコンが並ぶ。
 [人気の群馬スタイル――長い付け髭]
 [定番の巣鴨スタイル――短い付け髭]
 [冒険の茨城スタイル――大きい付け髭]
 [流行の千葉スタイル――小さい付け髭]
 着せ替えは全て付け髭だった。着せ替えというより付け替えだ。
 どうしよう。ツッコミがおいつかない。とりあえず、なぜ巣鴨が都道府県扱いなのかをとりあげるべきか。いや、ほかに優先して突っ込むべきところがあるような。しかも、いっぱいあるな、どうしよう。
 というか、そもそも、なんなのこれ。誰がこんなの欲しがるの? 運営は何を考えているの?
「お値段はどれでもお得な、一万円!」
 お高い。値段設定の狂気がMAX。
「しかも、今なら特別割引! どれも1%オフで買えちゃうよ!」
 しょっぱい。割引率の塩気がMAX。
「ちなみに税別だよ」
 それは、もうトドメだよ。
「すげーぜ、群馬スタイル絶対ほしい!」
 遠くであがった斎藤君の叫び声が、夜の学校に響いた。
「私は茨城スタイルがいいですね」
 続いて太郎君の声が控えめに響く。
 斎藤太郎もアプリの通知を見たのだろう。正気なのかな。あの二人。
 どうやら、図書室のほうから聞こえたようだった。もう合流しているらしい。
 このまま散策していても得るものはない、どころか、こちらまで正気を失いそうなのでもう帰りたかったが、断りなく立ち去るのも薄情なので図書室を目指すことにする。
 アプリを閉じようとしたら、「あ、ダメー!」と福神ちゃんが声をあげた。
 これもあまり出会ったことのない挙動だった。
「どうしたの? 福神ちゃん」
「あ、うん。えーと、どうしよう。帰ればいいかな? うん! そうだね! 今すぐ帰ろう! 楽しいよ! 帰宅!」
 まあ、ここにいるよりは確実に楽しいだろうけど……。
「まあ、帰るよ。友達、いや、知人にことわってから」
「ダメー! いや、大丈夫かな。いやいや、これはダメかも。でも、どうやったら、あー、でも悩む暇もないし、今すぐ帰れば大丈夫なのは確かだから、えーとえーと」
 なぜか混乱している様子の福神ちゃんを見ていると不安になる。
「えーとえーと、あー、もう。どうしたらいいと思う?」
 いや、僕に聞かれても……。
「うん? ちょっと待って。よく考えると、大丈夫だね、これ。えーとなんでもないよ!」
 君の中でなにがあったのかなぁ。
「あ、占うね」
 唐突だね。頼んでないよ。
「あめあめふれふれもっとふれ、あめあめ甘いよ、かあさんもお口あめあめヨダレ雨」
 なんか汚いのがきたね。
「はいきた! きたきた! きたない、来ちゃったよ。今日は絶対、日本晴れ。わーあっぱれ」
 晴れがきちゃったか。かなり呪文で降ってたのにすごいね。あっぱれ。
「じゃ、そういうことで! あ、付け髭は島根がおすすめだよ! じゃあね!」
 福神ちゃんのアプリが勝手に閉じた。
 こっちの意思を無視してそんなことができるのはすごい。画期的な無駄機能だ。さすがだよ、福神ちゃん。っていうか、島根の付け髭なんてなかったよ。
 気を取り直して、図書室に向かうと喧噪が起きていた。
「ばかか。群馬に決まっているだろう。群馬が最強。群馬のほうがカッコいいぜ」
「思慮が浅いとしか言えませんね。茨城ですよ、千葉を従える茨城こそが関東最強です」
 いったい何の争いをしているのだろう、斎藤太郎は。
「最強は巣鴨だ。きさまらは学が足りん。巣鴨の商店街にはローガイ商店がある。カップ麺が安く買えるんだ。ゆえに最強は巣鴨」
 追加で一人参戦してきたせいで、さらに戦況は混沌としてきた。
 もう全てを放り出して、帰ろうかな。
 群馬か茨城か巣鴨か。最強はどこなのか、気になるところではあるけど。いや、別に気にならないな。あえて気になるとすれば千葉の支持者がいないことぐらいかな。まさか、世界は、僕に千葉で参戦しろと促している?
 いや、それより、気にすべきは……誰だよ三人目。巣鴨推しの人は誰? まさかうわさの幽霊? 話に信憑性がないばかりか、話の出所そのものに信憑性がない情報だったのに?! うそだろ。
 薄暗い廊下で、三人目の姿に目をこらす。
 うん、これは……。
 ……うちのクラスの担任だ。
 声を荒げて斎藤太郎に巣鴨の良さを熱弁する姿に、彼の教師としての心構えを見た気がした。
 この人、ダメな大人だな。なにやってんだろう。思わず疑問が口をつく。
「先生、なにやってるんですか?」
「うん? 巣鴨の良さがわかったか?」
 巣鴨の良さはある程度わかるかもしれないが、あなたの言動はわからない。
「いや、本当になにやっているんですか?」
 再度、問い詰めると、巣鴨先生は、我に返ったようだった。
「しまった、思わず付け髭の素晴らしさに、いや、巣鴨らしさに夢中になってしまった――」
 先生も福神ちゃんアプリをインストールしているようだ。本当にダメだな、この先生も。
「――それより、おまえらこんな夜更けに何している」
「先生こそ、なにやってんだ? 用がないならとっと帰れよ。遅くまで校舎に残ってはダメだぜ」
「それは、こっちのセリフだ。なんでおまえが教師にそんな口を聞けるんだよ。こっちは宿直だ。騒がしいから見回りに来ただけだ。最近、図書室に悪戯する輩もいるようだしな。おまえらの仕業じゃないだろうな。図書室にいかがわしい本を置いたりしていないだろうな?」
 おまえらで一括りにされるのは心外だけど、犯人は明らかだ。
「あれはいかがわしい本じゃねえ! 俺のこころのオアシスだ!」
 斎藤君が秒で犯行声明を出してきた。すごい。きみには、もう君とか敬称つけたくない。
「じゃあ、おまえらの仕業じゃねえか。まさかそのリュックの中身もそうか? 没収だ」
「ふざけるな! そんなことさせてたまるか。未成年略取だぞ!」
 斎藤は難しい言葉を知っているようだ。でも、意味はわかってないようだ。
 担任と斎藤でリュックの奪い合いが始まる。
「教師の横暴はゆるせません。斎藤君、私も手伝いましょう、生徒の自由を守るために」
 歪んだ正義感に突き動かされてしまった太郎君が参戦する。こいつも、もう敬語はいらないだろう。
「太郎君、おまえってやつは最高だぜ!」
 なんか熱い友情が芽生えたようだが、見ていると冷める。
 斎藤太郎が取っ組み合いの最中にも、ちらちらとこちらに何かを期待する目を向けてくるのがうっとうしい。僕は参戦しませんから。
 巣鴨先生が叫ぶ。
「おまえら、いい加減にしろ!」
 まったくそのとおりだと思います、先生。もう、帰ってもいいですか?
 リュックが開いて、斎藤の蔵書の数々が床に散らばる。
「ああ?! 絶対に許さねえ! この横暴教師!」
 斎藤が絶叫する。
「許しませんよ、この非道は」
 太郎が憤る。
「おまえらは、本当にいい加減にしろ!」
 巣鴨がもっともな怒りをみせる。
 荒れる一方の世界に、突然、警報が鳴り響いた。
 音におどろき、馬鹿な争いが中断される。
「しまった! ガスコンロにお湯かけたままだった。巣鴨で買ってきたカップラーメン食べようと思って」
 巣鴨先生の嘆きと共に廊下に雨が降り出した。
 スプリンクラーが吐き出した水に床の本が濡れていく。
 斎藤の悲鳴があがり、それを見た太郎が彼の悲運に涙する。
 僕も自分の無力さに泣きたい気分になった。
 この世界はもう、僕にはツッコミきれない。
 降り注ぐ雨のなか、天井を見上げる。
 でも、せめてもの救いはこの雨だ。
 雨はいい。
 涙を隠す。
 雨はいい。

 と思ったが、あまり雨はよくないかもしれない。
 濡れた衣服に辟易しながら帰る夜道は、夏も近いのに心の中で木枯らしが吹いている。
 消防車がきてしまい、それなりに大事になって、事情説明で拘束されて、時間もかかって、夜も更けた。
 帰ってすぐに寝たところで、犠牲になった睡眠時間は帰ってこない。
 福神ちゃんを起動する。
「おはよ! どした? 売らないする?」
 夜だよ。疲れた。占いって言いたいの?
「福神ちゃんの言う通り、すぐに帰っておけば良かったよ」
 ついつい愚痴る。
「そうだね。もっと強く言えばよかったかもね。でも、命に関わるような大事でもなかったから。ごめんね」
 記憶を持たないはずの福神ちゃんの言動が、不自然ではあったけれど、疲労がたまっていて深く考える気になれなかった。
「気にしなくていいよ。はぁ……それより、明日の天気占ってくれる?」
「よしきた! まかせて! いっくよー」
 福神ちゃんが笑顔で踊りだす。テキトー祈願と派手な演出に、なんだかちょっと癒される。どうせ当たらないだろうけど。
「明日はきっとタコが降る!」
 当たる当たらないのレベルじゃなかった。さすがだ、福神ちゃん。

 了


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