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犯人より、刑事たちが怖かった。映画『爆弾』を観て

昨日は金ローで『トイ・ストーリー』を観ていた。
その余韻のまま、今日は映画『爆弾』の感想を残しておく。


サスペンスだと思って観たら、まったく違う種類の怖さが残った映画だった。

映画『爆弾』を観た。

事件の謎があって、犯人がいて、それを追う刑事たちがいる。
そんな物語だと思って観始めた。

でも観ているうちに、「爆弾を探している話」というより、「何が爆発してしまうのか」を見ているような感覚になっていった。

スズキタゴサクは、ただの犯人というより、状況そのものを揺らす存在だった。

言葉で相手を惑わせ、挑発し、気づけば相手の感情を引きずり出してしまう。

観ている私も、気づけばタゴサクに引っ張られていた。

最初は「もっと知能戦になるのかな」と思っていた。

タゴサクと刑事たちが、お互いの心理を読み合うような展開を想像していたのだけれど、この映画は思っていた方向には進まなかった。

その代わりに見えてきたのは、人が抱えているものだった。

理不尽な組織の中で働くこと。
思うようにならない現実。
投げ出したくなる気持ち。

刑事たちはそれぞれに何かを抱えながら、それでも目の前の仕事を続けている。

やってられないと思いながらも、自分にできることを粛々とやる。

そんな姿が妙に印象に残った。

そして途中で、ふと思った。

この映画の「爆弾」って、本当に爆発物のことだけなんだろうか。

タゴサク自身が、もう爆弾なのではないか。

人の中にある怒りや絶望や諦めを見つけては揺さぶり、爆発させようとする。

そんな存在にも見えた。

けれど不思議なのは、タゴサクを完全な怪物として見られなかったことだ。

誰かのために動いているようにも見える。

良心があるようにも見える。

でも次の瞬間には、その考えを裏切られる。

理解できそうで、できない。

人間らしく見えたかと思えば、途端に不気味になる。

その繰り返しだった。

一方で刑事たちもまた、それぞれの「爆弾」を抱えているように見えた。

ただ違うのは、それを爆発させるかどうか。

理不尽な現実の中でも、人を信じることや、自分の役割を手放さないこと。

そんなささやかなものに踏みとどまっている。

犯人より、刑事たちの方が怖かった。

それは恐ろしいという意味ではなく、人が壊れずに踏みとどまることの方が、ずっと難しく見えたからだ。

スッキリと答えが出る映画ではなかった。

でも観終わったあとも、ずっと頭のどこかに残っている。

スッキリはしない。でも、ずっと考えてしまう映画だった。

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