「国宝」を見たあと、しばらく言葉が出てこなかった
見終わったあと、しばらくそれが何だったのか分からなかった。
すぐに答えが出る種類の映画ではなくて、頭の中で何度も反芻するしかなかった。
夕食を何にしようかとか、子どもの塾をどこにするかとか、ユニクロで買う夫のパンツのサイズとか。
私の頭の中には、そういう現実的でささやかな重要事項がいつも並んでいる。
どれもちゃんと生活を支える、大事なことだ。
でもその同じ一日の中に、まったく別の重力で動いている世界を見せられた気がした。
そこには説明より先に圧があって、理解する前にただ圧倒されてしまうようなものがあった。
どの登場人物にも、妙な“凄み”があった。
役というより、もう生き方そのものが立ち上がっているような感じで、前半に出てきた女性も、何もない一間に住んでいた人も、みんな同じ密度でそこに存在していた。
芸事というものが、突き詰めると何か別の領域に行ってしまうのか、それともただ人間が極端に集中した姿なのか、その境界もよく分からない。
ただ、そこにある強さだけが伝わってきた。
すごいと思ったのに、なぜすごいのか説明できないまま、しばらく考えてしまう。
理解できなかったからもう一度確認したくなって、また見たくなる。
もちろん主演の二人の存在をもう一度見たいという気持ちもあるけれど、それ以上に「さっき見たものの正体」を確かめたかったのかもしれない。
それでも結局、答えは出ないまま残る。
ただ、分からないまま残るものがある、ということだけが確かだった。
もっとも、誰かに感想を訊かれると、うまく説明できないゆえに「二人がめっちゃきれいだったわ〜」と、おばちゃん味を増しながらごまかす私だった。
