見出し画像

革命的半ズボン主義宣言 / 橋本治 名著、復刊。橋本治さんは未来を予測していた 【人生最後の本棚】

Amazonアソシエイトに参加しています。

【人生最後の本棚】

まずはこの本に出会えたことに感謝です。筆者の方のご迷惑になりませんように。
おじさんがnoteを始めるに当たってメンズファッションのことを書こうと思い、ファッション関連の本を読んでみました。しかし、ファッション本を読むだけではカッコよくなれないといつも思います。中身が空っぽではカッコよくないのです。結局、いつも中身からカッコよくなるにはそれなりに本をきちんと読んでおかなければという結論に達します。昔からのものも含め、おじさんのお気に入りの本です。

今回はファッション本ではありません。しかしながら、「半ズボンを履こう」と呼びかけ、ファッションに対する意識、ひいては社会に対する意識を変えることについて書かれています。いきなり余計なことですがコムデギャルソンの川久保玲さんのメッセージを想起させられたりしました。

革命的半ズボン主義宣言 / 橋本治

40年前の予言の答え合わせ

僕は橋本治さんの時評の本を20年以上読んで来ました。とはいえ、新書しか読まないような、よこしまでライトなファンでした。去年、久しぶりに橋本治さんが亡くなられる直前に書かれた本を読んでいて、橋本さんの怒りやあきらめが強く込められているのを感じました。

橋本さんはずっと昔から警告していたのです。僕たちを含めた日本人の大多数が本来ならすべきことをして来なかった結果が現状であると思います。そして、最近の本の題名は「そして、みんなバカになった」であり、バカになった日本人に、もちろん僕も含まれています。「ほらやっぱりこうなったでしょう。言わんこっちやない」と言われている感じです。

「これは未読の本もきちんと読まなくては」という気持ちになりました。小説はとりあえず後でと思ったので、時評その他の本をさかのぼって何冊か読みました。
昔の橋本さんの本を探す過程でその候補の中にあったのがこの本です。古い本ですが、探していた時は新品が無く、中古で¥8000程度の価格でした。なかなかの価格なので、熱烈なファンの方々が後ろにいるようで、読んでみたいけれども、僕のような門外漢には少し敷居が高く感じられる本でした。

初版は1984年とのこと。しばらく他の本を読んで保留していると、新しい本の体裁で再販となりました。前書きに内田樹さんが小田嶋隆さんの言葉を聞いて復刊をお願いしたとあります。帯に「名著、復刊。」とあります。僕はたまたま内田樹さんも小田嶋隆さんの本も何冊か読んでいましたので喜んで買いました。多くの方々が大切にしていた本だと思います。なんと40年も前の本です。

今回、期せずしてnoteを始めて、洋服や本のことを書くことにしていました。この復刊のタイミングと「半スボン主義」というテーマにも運命的なものを感じました。

36歳にして未来が見えていた

それにしても、当時の橋本さんは36歳で、このように世の中を一刀両断するような本が書けるとは本当に驚きます。そしてその中身が2025年の現在でも通用するとは本当にびっくりです。僕が36歳の時、世の中を憂えるような考えも力もありませんでした。

昔の本なのにずっと通用する普遍的な言葉です。現実の世の中の変化はのろのろと遅く、40年経った今も本質的に変わらない、良くなっていない物事が多いと思います。本当に橋本さんには未来が見えていたかのようです。

当時のこの本が予言の本で、最近の本が答え合わせになっているように感じます。40年ほど前に日本人が駄目になると書かれて、この40年、日本人がずっと駄目(バカ)になっていくのを、わかっていながら止められなかった橋本さんの永くて静かなガッカリが最近の本の中にみられます。

半ズボンを履いて独立する

本書の内容は、日本の大人の男はずっと我慢をしてスーツを着て来た。半ズボンを履くということは世間の同調圧力に屈せず人間として独立した大人になることである。半ズボンを履こうという宣言の本でした。結果、そういう大人は結局あまりいなかったし、増えることもなかったということです。半ズボンを履かない方々が大多数の普通の人々だったということです。

世の中の大多数の普通の人ほど義務にとらわれて遊べない

印象的だった「掃除当番をサボる人たち」というエピソードをここに挙げます。
義務を帯びた普通の人たちほど掃除当番をサボって早く帰ってしまうけれども、義務を怠ったことにとらわれて、空いた時間をちゃんと遊びに使えない。義務と遊びの達成率100%対100%であるべきところが、義務の達成率が下がることによって遊びの達成率も下がり、全体の達成率が小さくなり、義務も遊びも中途半端でスケールが小さくなって行くというお話でした。日本人をよく表していると思います。そして掃除当番をサボる人たちが僕たち普通の日本人の大多数だったということです。

59歳のおじさんは半ズボンを履けるか

少し外れますが、洋服のことだけでいうと、今はこの頃とは随分と様子が変わりました。僕の会社でも、クールビズからコロナ禍のリモート業務を経て、カジュアルな仕事服がオーケーとなりました。しかし、残念ながら、本質的なことはそのままだと感じます。暑くても、カジュアル化しても、会社では同調圧力がしっかりと残っており、橋本さんの言われる「半ズボン」はやはり無理で、大多数はどっぷりと同調圧力の中にいます。

最近は、大多数の普通のひとたちの中でも、さらに大人ではない方々の大きな声がまかり通ってしまうような世の中になっています。橋本さんの言う本物の「半ズボンを履いた気概のある大人」が増えることは無く、その大人とは全く違った意識の「子供みたいな大人」もしくは「大人の姿をした子供」が大増殖しているように感じます。

僕たちには橋本治さんが必要だ

ということで、僕の方でも橋本治さんが亡くなられて非常にがっかりしている今日この頃です。今の世の中は過去の結果のひとつですが、今がどういう状況で、これからどうなっていくのか、どうすべきか橋本さんの言葉を本当に聞きたかったと思います。

まずは橋本さんが40年前にやろうと言ったところから取り戻せるかどうかです。
僕も59歳からでも。

読んでいただきありがとうございます。

いいなと思ったら応援しよう!