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マテリアルガール「主文 、パレット太郎第1話」

noteの通知が光った。
コメント欄。最新の短編「指の記憶」に、知らない名前。
「初めまして。ライターをしております、桐島彩と申します。パレット太郎様の作品を以前から拝読しており、ぜひ一度お話を伺えないかと思いご連絡いたしました。取材という形でお時間をいただけませんでしょうか」
取材。
俺に。
(誰が読んでんだ、こんなもの)
noteのフォロワーは二百人ちょっと。スキの数は、いい時で三十。大抵は一桁。誰にも届いていない言葉を、夜な夜な酒を飲みながら打ち込んでいる。それが俺のやっていることだった。
プロフィールを見た。桐島彩。フリーライター。アイコンは白い花。投稿はゼロ。
(怪しい)
怪しいが、取材という言葉が引っかかった。取材。つまり俺の書くものに、何かしらの価値を見出している人間がいる。少なくともそう言っている人間がいる。
返信した。
「ありがとうございます。お会いすることは可能です」
可能です、と打った自分が少し可笑しかった。予定なんか何もない。仕事は夕方に終わる。夜は毎日空いている。空いているというか、空けてある。書くために。

――――

待ち合わせは、駅前の喫茶店にした。土曜の午後。
先に着いて、アイスコーヒーを頼んだ。窓際の席。外は曇り。
十分ほどして、女が来た。
三十代の前半か半ばか。黒いブラウスにベージュのスカート。化粧は薄い。鞄は大きめのトートバッグで、取材用のノートやレコーダーが入っていそうな——入っていなかった、と後で分かるのだが。
「桐島です。今日はお時間いただいてありがとうございます」
丁寧だった。声が小さくて、少し俯き加減で、こちらの目をあまり見ない。
(緊張してるのか)
俺も緊張していた。取材を受けるなんて初めてだ。何を聞かれるんだろう。なぜ書き始めたのか。影響を受けた作家は。この先どうしたいのか。答えを用意していた。聞かれなかったが。
「パレット太郎さんの作品、全部読みました」
全部。二十三本。短編ばかりとはいえ、全部読んだという人間に会うのは初めてだった。
「ありがとうございます」
「『指の記憶』が一番好きです」
「あぁ、あれは——」
「あの、ピアノの先生が最後に弾くところ。指だけが覚えている曲を弾くところ」
「はい」
「あそこで泣きました」
(嘘だろ)
嘘じゃなかった、と思う。目が少し赤くなっていたから。たぶん。
そこから話が流れた。好きな作家の話。映画の話。互いの仕事の話。彼女は自分のことをフリーライターだと言った。普段は企業のウェブ記事を書いている、と。俺は適当に相槌を打った。喫茶店のアイスコーヒーが二杯目になった頃には、もう取材という体裁は消えていた。ただの会話だった。悪くない時間だった。
「あの」
「はい」
「もしよかったら、この後……少し飲みませんか」
女のほうから誘われた。断る理由はなかった。

――――

駅の反対側の居酒屋。カウンターの端。
生ビールを二つ頼んで、乾杯した。彼女はビールをよく飲んだ。一杯目をすぐに空けて、二杯目を頼んだ。
話は続いた。喫茶店の延長。俺の小説について。書く時間帯のこと、酒を飲みながら書くこと。彼女は笑った。「わかります」と言った。何がわかるのかは分からなかったが、笑顔は自然だった。
三杯目を頼んだあたりだった。
「あたし、ライターじゃないんです」
「……え?」
「嘘つきました。ごめんなさい。ただの派遣社員です。記者でも何でもない」
グラスを置いた。何と言っていいか分からなかった。
「じゃあ、取材って」
「嘘。全部嘘。でも、小説は全部読んだのは本当」
声のトーンが変わっていた。さっきまでの俯き加減の、小さな声の女はいなかった。目がこちらを真っ直ぐ見ていた。
「ふうん……まあ、いいけど」
いいわけがなかった。でもそう言った。場の空気を壊したくなかったのか、それとも——。
「ねえ」
「何」
「あんたの小説さ」
あんた。さっきまで「パレット太郎さん」だった。
「うん」
「下手だよね」

――――

最初は聞き流した。
酔ってるんだろう、と思った。さっきまで泣いたとか言ってたくせに。酒で人が変わるタイプか。
「表現が浅いっていうか、どっかで読んだことある感じっていうか。なんだろ、オリジナリティ? ないよね」
声は小さいままだった。隣のサラリーマンたちには聞こえていない。俺と彼女の間にだけ流れている言葉。
(こいつは、言いたいだけなんだ)
俺はそう、自分に言い聞かせる。
適当に飲んでやり過ごす。
(悪いのに引っ掛かった、と思え。安いと入ったキャバクラでボラれた、そう思え)
「ねえ、どこ見てんだよ。話、聞いてんの?」
聞いている。聞きたくないが、聞こえている。
「あんたの小説ってさ、要するに自分が気持ちよくなりたいだけなんだよね。読者のこととか考えてないでしょ。考えたことある? ないよね。だって二百人しかいないもんね、フォロワー」
笑った。口元だけで。
「今、あたし、何て言ったか分かってる?」
「よく、聞こえなかった」
「あぁ、そう」
グラスを置いた。
「じゃもう一度だけ、言ってあ げ る」
目が据わっていた。
「書くの、辞めろ。素人」

――――

ダッッッッ!!
俺は立ち上がり女の頭を掴んだ。そのまま横にある柱に、潰す勢いで叩きつけた。
血が吹き出る。あまりの音に、周囲が振り向いた。
2撃、3撃、4撃——
女は既に動いていない。
ドッガンッッッッ!!
ズル ズルズル
女が落ちていく。
手は血塗れ。顔あたりも濡れている。返り血か。
俺はそのまま座って、残ったビールを飲み干した。
店では、マドンナのマテリアルガールが流れている。あぁ懐かしい。
「すみません、お代わりを」
お代わりは出て来なかった。
代わりにパトカーのサイレンがBGMに代わり、店員の代わりに警察が来た。
殺人未遂の容疑で、逮捕された。

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