『憂い顔の童子』 大江健三郎(講談社文庫)



憂い顔の童子
『憂い顔の童子』

 大江健三郎の『憂い顔の童子』は『取り替え子』の続編である。前作は作者の義兄である伊丹十三監督の自死事件を思わせることで、あれこれとりざたされた。
 主人公は前作にひきつづき長江古義人という「国際的な文学賞」をとった小説家で、知的障害をもつ長男と、アメリカ人研究者ローズとともに、郷里である四国の「森」へ帰るが、周囲は放っておいてはくれず、てんやわんやの騒動がもちあがる。
 作者の家族や知人をモデルにしたとおぼしい人物が仮名で登場するのは前作と同じで、村の隣人たちにもモデルがいるような書きぶりだが、その一方、『ドン・キホーテ』のパロディであることをしつこく念押ししている。
 実と虚のバランスをとろうと苦労している様子がうかがえるが、実はこれが本作のテーマらしい。隣人たちは、小説を事実と思いこんで訪ねてくる古義人ファンに辟易していて、それが主人公の孤立の一因になっているし、ローズはローズで、現実の村と小説の関係を論文にまとめようとしている。
 現実の故郷と向きあううちに、作品の原動力となってきた主人公の記憶はあやふやにぼやけはじめる。あるはずの絵が存在せず、事実と信じてきた米兵殺害事件も根拠が怪しくなる。
 小説は虚実のあわいを飄々と進んでいくが、最後の章で文芸批評家の加藤典洋氏が実名で言及されるにいたり、妙に焦点が合いだす(現存の人物で実名は加藤氏だけだ)。
 『取り替え子』は、モデル問題とからみ、「アレ」として名指される事件をめぐってさまざまな「深読み」を生んだが、一番スキャンダラスな「深読み」をおこなった加藤氏の解釈が作中で話題となるのである。
 加藤典洋氏の密告懲罰説は頭ごなしに否定されるが、否定されることで逆に「深読み」が説得力をもってくるのは、この種の問題の常である。あるいは、これもまた虚実をこみいらせるための仕掛なのかもしれない。

(初出:公明新聞 2002-11)
(改訂:2026-08-11)


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