『エディアカラ紀・カンブリア紀の生物』 土屋健(技術評論社)

全十巻で古生物の歴史を解説する「生物ミステリーPRO」シリーズの第一巻である。このシリーズは古生代四巻、中生代四巻、新生代二巻という構成になっている。各巻二百ページ弱だが、アート紙にカラー印刷なので、ずっしり重い。
すべての見開きに写真かイラストがはいっている図鑑的な本だが、解説文は思ったより多く、ちゃんと読みものになっている。
エディアカラ動物群を知りたくて本書を手にとったが、「エディアカラ動物群」ではなく「エディアカラ生物群」になっていた。動物と思われていた化石が実は植物の化石とわかったのかと思ったら、やはりそういう説が出ていた。これだから、古生物の世界は油断ならない。
本書は「原始生命の時代」「エディアカラ紀」「カンブリア紀」の三部にわかれる。第一部と第二部は二十ページづつだが、第三部は百四十ページあり、それに索引がつく。
第一部「原始生命の時代」は、生命誕生の40億年前からエディアカラ紀までの三十五億年間をあつかう。顕微鏡でなければわからない単細胞生物の化石が大部分だが、最古の動物化石とされ、海綿の系統(確かにそう見える)と考えられているオクタヴィア・アンティクアには驚かされた。今までに三つ発見されているが、最初と最後の間には二億年の隔りがあり、しかもスノーボール期をはさんでいるというのだ。二億年以上、まったく姿を変えず、しかも全地球凍結を生きのびたというのだから、頭がくらくらしてくる。
第二部「エディアカラ紀」はエディアカラ生物群発見の経緯からはじまる。
第二次大戦が終った直後、南オーストラリアのエディアカラ丘陵で、動物の這い跡の化石が見つかった。当初はカンブリア紀の生痕化石と考えられていたが、それより古い先カンブリア代末期の地層とわかった。その後、世界中の先カンブリア代の地層から、肉眼でわかる化石や生痕化石が次々と発見され、2004年に先カンブリア代の最後の三千万年が「エディアカラ紀」という独立の地質時代として設定された。
エディアカラ紀の生物化石は270種ほど発見されているが、その大半は最初の一千万年の間に登場しており、これを「アヴァロンの爆発」という。「アヴァロンの爆発」で誕生した種の多くは二千万年近くにわたって姿を変えずに生きのびたことになる。弱肉強食の闘争はまだ始っておらず、「エディアカラの楽園」と呼ぶ研究者もいるという。
現生動物との関係だが、これがわからない。左右対称のようでいて、ちょっとずれていたり、三つ巴紋のように三回対称だったり(ヒトデは五回対称)、基本デザインがおかしいのだ。もちろん、カンブリア紀の動物との対応関係も不明である。
『眼の誕生』のアンドルー・パーカーは、カンブリア爆発は外観が多様化しただけで、内部構造の基本パターンはエディアカラ紀に出揃っていたと述べたが、どうもそういうわけではなさそうである。
発見の端緒となったエディアカラ丘陵は、当初、浅い海の底と考えられていたが、オレゴン大学のレタラックによると、年平均気温8℃、年間降水量160mmという、スコットランドのハイランド地方のような寒冷で乾燥した土地だったという。それが事実なら動物と思われていた化石は地衣類や菌類の化石になってしまう。
しかし、エディアカラには移動痕のような生痕化石もあるわけで、この環境復元がどこまで正しいか、今後の検証に待ちたい。
第三部「カンブリア紀」はバージェス頁岩の発見、グールドの『ワンダフルライフ』のカンブリア爆発説、その後の修正という順序で解説していく。
アノマロカリスの本を読んだことがあるので、節足動物界隈の話題は大体知っていたが、一反木綿のようなオドントグリフィスが頭足類のご先祖だったという話は興味深かった。
アンドルー・パーカーの光スイッチ説については、重大な修正が行われるかもしれない。著者がパーカーに質問のメールを送ったところ、次のような返事が来たそうである。
armaments are ornaments(武装は装飾).
カンブリア爆発で登場した奇々怪々な動物たちがもつトゲや鎧が実際に防御の役に立つかはともかく、威嚇の効果があれば十分というわけだ。視覚は強力ではあるが、騙されもするのである。
光スイッチ説にはもっと重大な問題がある。パーカーはエディアカラ紀の末期に、軟体性の三葉虫が眼の萌芽を獲得したとしていたが、今のところ、眼をもつ化石はカンブリア紀がはじまって二千万年たたないと現れない。カンブリア紀は六千万年つづいたから、その1/3となると結構な長さである。
しかも、エディアカラ紀からカンブリア紀の移行期には、硬組織をもつ生物がすでに誕生している。光スイッチ説では「眼の誕生→硬組織誕生」だが、化石では「硬組織誕生→眼の誕生」なのだ。
軟体性の動物が眼をもったとしても、化石として残りにくいから、まだ発見されていないだけなのかもしれないが、眼の誕生が硬組織の二千万年後となると、説明として苦しい。
パーカーの共同研究者である田中源吾氏は著者のインタビューに対し、「眼をもったことで、硬組織が意味のある形になった」と答えたという。すなわち、「硬組織誕生→眼の誕生→硬組織を防御・威嚇に転用」というわけだ。
進化では、偶然獲得した無意味な形質が、環境の変化によって意味を持ちはじめることがよくある。人類の二足歩行能力も実はそうである。田中氏の修正光スイッチ説は十分検討に値すると思われる。
本章の最後では、2012年に出た、カンブリア爆発は地層の「大不整合」によるミネラル供給増加で可能になったという最新の説が紹介されている。
海底で形成された地層が地殻変動で地上に出ると、風化してけずられていく。その後にふたたび海中に沈むと、また土砂が堆積して地層が形成されるが、新旧の地層の間には不整合が生まれる。カンブリア紀の地層には不整合が非常に多く、そのため「大不整合」と呼ばれているそうである。
カンブリア紀になって、硬組織を作るためのミネラル成分が大量に供給されたというわけだが、地殻変動による風化はそれ以前にもあったはずである。ミネラル増加は硬組織の必要条件ではあっても、十分条件ではないと思うのだが、どうだろう。
(初出:note 2025-06-18)
