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評価されない人が、会社を支えている

その人は、最後まで評価されなかった。
でも、会社で一番すごい人だった。

3月31日。
同じ部署で働いていた先輩、Yさんが退職した。

72歳。

この数字だけでも十分すごい。
でも、この人のすごさはそこじゃない。

12年前、60歳で一度定年退職。
そこから再雇用で、さらに12年働いた。

自宅から会社まで、片道60キロ。
高速は使わない。ほぼ毎日、下道で通勤。

それでも本人は、何も語らない。
まるで、それが普通であるかのように。



Yさんと出会ったのは、今から22年前。

会社が競合を吸収合併したとき、
“向こう側”にいたのが、この人だった。

当時50歳前後。

同僚の多くは去った。
別の業界へ、別の人生へ。

でも、Yさんは残った。

「この年で、ゼロからはリスクが大きいからね」

その言葉は現実的で、どこにでもある。
でも今なら分かる。

あれは逃げじゃない。
残る覚悟を決めた人間の言葉だ。



一度だけ、聞いたことがある。

「一番きつかったことって何ですか」

少しだけ間があって、こう返ってきた。

「合併した頃、上司にね、
“前の会社がこんなに業績悪いとは知らなかった”って言われたことかな」

それだけだった。

説明も、感情も、続かない。

でも、その一言で十分だった。

それでもこの人は、愚痴を言わなかった。
一度も、だ。

口にするのは、いつも同じ言葉だった。

「この年まで雇ってもらえてありがたいよ」



奥さんの体調が良くないらしい。

それが退職の理由だった。

まだ働ける。
通勤もできる。
それでも、辞める。

これからは地元で仕事を探すと言っていた。

72歳で、次の仕事を探す。

綺麗な話じゃない。

年金だけでは足りない現実も、
これから先の不安も、全部ある。

それでも、この人は働くことを選ぶ。

前向きだからじゃない。
そうするしかない中で、前を向いている。



この22年で、世の中は変わった。

効率が求められ、
無駄は削られ、
人間関係は薄くなった。

会社も同じだ。

数字で測れるものが優先され、
測れないものは後回しになる。

Yさんは、その逆にいた。

若い社員の話を、最後まで聞く。
頼まれてもいないことを、黙ってやる。

目立たない。
評価もしづらい。

でも、確実にそこに“支え”があった。

こういう人は、いなくなってもすぐには困らない。
だから、評価されない。

でも本当は、
いなくなってからじわじわ効いてくる。



最終日。

小さなお別れ会が終わると、
Yさんは静かに帰っていった。

引き止める理由を、こちらに残さないように。

最後まで、そういう人だった。



新年度。

会社に、Yさんはいない。

業務は普通に回っている。
数字も、たぶん変わらない。

でも、何かが抜けた。

うまく言えないけど、
確実にあった“重み”みたいなものが。



僕は考える。

ああいう人間になれるのか、と。

愚痴をこぼさず、
誰かのせいにせず、
やるべきことをやり続ける。

それを何十年も。

正直、自信はない。



でも、ひとつだけ分かっている。

こういう人がいたことを、
当たり前として流してはいけないということだ。

多くの会社は、
こういう人に支えられている。

評価されず、
目立たず、
それでも、土台になっている人に。



評価されない人が、会社を支えている。

そしてその事実は、
たいてい、いなくなってから気づく。



■作品説明

会社の中で、本当に支えているのは誰なのか。
評価されず、目立たず、それでも現場に残り続けた一人の退職を通して、働くことの現実と価値を見つめたエッセイ。






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