ショートストリー 「南ちゃんの恋人」 #せりふ三題噺
風薫る5月。
校庭の葉桜のあちこちに毛虫が集まって葉上で整列している。
「やるなら今だよ」
振り返るとクラスメイトの南ちゃんがニヤついていた。
「何をやるの?」
「夏休み用の自由研究。今から始めておいたら、夏休みは遊び放題、昼寝し放題じゃん」
「毛虫の研究をやれって? 嫌だよ、気持ち悪いじゃん」
「やわな男子だねえ。だから少子化になっちゃうんだ」
僕は南ちゃんが何を言ってるのか、後半はよくわからなかった。
「仕方ないね。今日いっしょに帰ろ。うちに来て」
初めて南ちゃんちにおじゃました。広い庭におおきな葉桜の木が一本立っていた。居間でかしこまっていると、南ちゃんが茶色い飲み物をお盆にのせて持ってきた。
「何これ?」
「アイスコーヒーじゃん。飲んだことないの?」
「うん」
「甘いジュースばっかり飲んでると糖尿病になっちゃうよ」
また南ちゃんはよくわからないことを言っている。それより僕はその飲み物が気になって、一口飲んでみた。
「なんだか、泥水みたい」
南ちゃんは大笑いしながら「お子様だねえ」と言った。
その後、南ちゃんが持ってきたのが去年の夏休みに研究したという毛虫の観察日記だった。イラスト入りで毎日の毛虫の変化が克明に描かれている。最後は、蛾になって飛んでいった。
「すごいじゃん、これ」
「でしょ? でもお母さんに反対されたの。こんなの提出したら、毛虫好きの女の子ってからかわれるからダメって。だからお蔵入りなのよ」
「そうなんだ。もったいないね」
「そう思う? だったらこれあげるから、あんたの名前で発表して」
「ええ? それはダメだよ。オレ毛虫嫌いだし、もし賞なんかもらっちゃっていろいろ聞かれたら困るじゃん」
「やっぱり?そうよね。じゃあ諦めるわ。あんたから賞をもらった気分だし。それにしても、女ってまだまだ生きづらい世の中よね」
またまた南ちゃんが何を言ってるのかよくわからなかったが、僕はちゃんと泥水は飲み干して帰った。
それから数十年。僕の隣には、南ちゃんと三人の子供がいる。
「出た!ゴキブリ!」
「どこ?」
今夜も南ちゃんはスリッパ片手に走り回っている。
(了)
期間に間に合いませんでしたが、折角書いたので投稿しました(*_*;
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