風まかせ文芸部【半透明の海】
白い砂浜と、遠浅の半透明の海が続く海岸線を走っている時だった。
助手席の津山が言った。
「先輩。波打ち際に美女がたたずんでますよ」
はるか前方、津山が指さす先にひとりの女性が長い髪を風になびかせながら立っていた。
「おお。なんか絵になるな。でも美女かどうか、ここからではわからないじゃないか」
「いや。あれは美女ですよ。この青空と細身の白いワンピースに長い髪ですから、もう美女に決まってます」
津山のわけのわからない言い分に佐竹は苦笑しながら視線を戻して運転を続けると、津山が囁いた。
「先輩、やばいです。 ほらあれ・・」
見ると、さっきの美女が沖に向かって海の中を進んで行くではないか。
「まさか・・」
佐竹は海岸線の防波堤が切れて、浜に降りられる石段の横に車を止めた。
二人は上着を脱ぎながら、砂浜を駆けた。
「何があったか知らないが、早まるんじゃないよ」
砂浜に足を取られそうになり、靴も脱ぎ捨て走る。干潮が近いのか、砂浜は広い。彼女はすでに体半分が海中だ。その時、背後で遅れを取った津山の叫ぶ声が聞こえた。
「どーしたぁー! 津山ぁ?」「ころんじゃいましたあー」
一瞬振り返ると、津山は足首を抱えていた。ラグビー部同窓の先輩と後輩。最近ブクブク太りやがって・・鍛え直してやらないと。
こうなったら一人で助けるしかない。しかし、海を見返すと美女の姿は消えていた。
「ええええ?」
ついさっきまで、上半身が見えていたはず。飛び込んだのか?
佐竹は波打ち際から腹を軽く打ちながら、急ぎ飛び込んで後を追った。
「どこだどこだ?」
遠浅に見えた海が急に深くなっている。そうか、ここで沈んだのか。
そう理解した時、目の前を白いワンピースが漂ってきた。脱いだのか?
本気なんだな。急がないと。
佐山は潜った。しかし、その先に見えたものが意外だった。
美女が片手を伸ばして海底をまさぐっていた。そして何かを掴むとくるりと体を回転して海上に浮かび上がった。その動きは海女を思わせた。息を何分、止められるんだ? すごい美女だ。
海上で対面した。美女はびっくりしている。
「え? あの、どちら様?」
「いや、あの、あなたが海に消えたので、てっきり・・」
「あら、そうでしたか。ごめんなさい。でも私、元水泳部なので」
「そうでしょうね。随分長く潜ってらして」
「あの、そこのワンピースを丸めてこっちに投げてもらえると」
「ああ、そうですね。失礼しました」
砂浜に戻った二人に足を引きづりながら加わった津山の三人が、体育座りをして海を眺めながら話し始めた。
「実は私、婚約破棄されちゃって。それでもらった指輪をさっき海に投げたんです。でも急に腹だたしくなって、取り戻して売っぱらおうと思って海に飛び込んだと言うわけです。勘違いさせてごめんなさい」
「そうだったんですね。それは、お辛かったですね」
「でも仕方ないんです。私、10代の頃は荒れてて遊んでたんです。それが先方にばれちゃって」
「なるほど。でもラッキーじゃないですか。そんなことで気持ちが冷める男なんて、ろくなもんじゃないですよ。荒れた10代があったからこそ、今のあなたが在るわけだし」
「そう言っていただいて気持ちが楽になりました。本当に今日はありがとうございました」
津山もうんうんと何度も頷いている。ひと夏の事件はこうして終わった。
佐竹が長期出張から帰ると、さらに意外な展開が待っていた。津山があの美女と付き合っているというのだ。
「あの時オレ、派手に転んじゃって首にかけてた社員証を落としたままだったんです。それを彼女が会社に届けに来てくれて」
「そうか。それがきっかけで?」
「実はまだあるんです。先輩には言ってなかったんですが、オレ、全く同じ理由で婚約破棄をしたことがあって」
「知ってるよ。でも言わないから聞かなかっただけだ」
「そうでしたか・・で、あの砂浜で先輩が言ったこと、ズキンと来て。相手は違うけど、破棄された立場の彼女に謝りたいって思っちゃって」
「そうなるかぁ~それで?」
「彼女に謝ったら笑って許してくれて。ここからスタート出来そうね私達って。それ以来、付き合いが始まりました」
「そうか、それは良かったな。大事にしろよ。お前が最初に言った通りの美女だしな」
「彼女、言ってました。佐竹さんて、心のひろい半透明の海みたいな人ねって」
「なんで、半透明なんだ?」
「オレもそう思って聞いたら、口がうますぎるかもって言ってました」
「あはは、それはいいな。伊達に年喰ってるわけじゃないって事だ」
「そういうところなんですよねえ」
「何が?」
「先輩の魅力的なところです。さらりと良い方向に受け流せるところ、尊敬します」
「そうか?そうだ! 彼女の為にもそのだぶついた腹を引き締めるぞ。ラグビー部の後輩に混じって鍛えるからな」
「ええ~デートの時間は確保してくださいよ」
「わかってるよ。身体も心も締めて、時が来たら彼女にタックルだ」
「はいっ!」
「お~!」「お~!」
握りこぶしを振り上げる男が二人。最良のコンビである。
社内では、密かに酸素コンビと呼ばれている。
(おしまい)
酸素=O2だけにね♪
いいなと思ったら応援しよう!
サポートありがとうございます!
いまだサポートってよくわかっておりませんw