3つのお題に空想のひらめきを 「なれそめ」
第54回 3つのお題(昭和ノスタルジー)
お題①:「消えた伝言版」
お題②:「下駄箱の手紙」
お題③:「茜色の自転車」
「バアサンタオレル、カエラレタシ」
祖父から電報が届き、私は故郷へ急いだ。町の診療所へ着くと、見慣れた自転車が置いてある。祖父が長年郵便配達員として共に働き、退職後も貰い受けて乗ってきた自転車が、夕日に照らされ茜色に染まっていた。
「今日も一日無事でありますように」
壁の貼り紙の文字を読んでから、祖母の病室に向かった。
「ごめんねえ。お爺さんたら大げさなんだから」
祖母は笑顔で迎えてくれた。祖父は頭を掻いている。
「貧血だって。それより、仕事は大丈夫なの?」
「うん。三日ほど休みをもらってきたよ」
「あらっ、三日も? たまには倒れてみるもんだんだねえ」
祖母は嬉しそうに冗談を言い、祖父は「こらこら」と苦笑い。
《親代わりで育ててもらった祖父母に何かあったら、私も生きてはいません》と半ば脅すように上司に迫ると《わかった。しっかり看病してこい》ともらった三日休み。しばらく祖父母と一緒に過ごせる。私は心底良かったと思った。祖母は三日間の経過観察となった。
祖父は退職後も毎日郵便局に顔を出す。数が減ってきた現金書留の配達をまかされている。他人様の現金を預かり届ける仕事に最適な人として信頼され、あの茜色の自転車が今も活躍しているのだ。その日配達がなくても、局員達とたわいのない会話をして帰る。それが祖父の楽しみでもあり、生活の張りでもあった。
「じゃ、ちょっと行ってくる」「いってらっしゃい」「気を付けてね」
祖父を見送った病室で、私は祖母に聞いてみた。
「爺ちゃんと婆ちゃんのそもそものなれそめって、何だったの?」
「ええ? そんなこと、随分昔のことだから忘れちゃったよ」
「いや~絶対覚えてるはず。それがなければオレもここに居ないんだから聞きたいじゃない」
「ああそうか。そういうことになるねえ」
祖母は天井を見上げながら「そうそう、あれは」と語り始めた。
「あれは私が小学5年生の時。お爺さんは、脚が速くてね」
ある年の運動会。1年生から6年生までがバトンをつなぐリレー競技がフィナーレだった。白虎組が1位をキープして迎えた6年生の選手たち。同じ白虎組の一員だった祖母もきっと勝てる!と確信して声を枯らすように応援していた。しかし、最下位の青龍組の選手があれよあれよという間に次々前を追い抜いてゴール直前、僅差で1位を奪ってしまった。その選手が小学6年生の祖父だった。
「そんなことがあって皆であの人誰?ってなって。校内で姿を見かけるたびに私も意識するようになってたの」
「へ~人気者だったんだ、爺ちゃん」
「でも今と違って大っぴらに出来ないから余計思いがつのるって言うか」
「うんうん。そういう感情って女子の方が早いよね」
「そうなのよ。よくわかってるじゃない」
「まあね。それでどうなったの?」
「それで手紙を書いて、お爺さんの下駄箱に入れようと思ったの」
「そっか。下駄箱の位置は確認済みと。手紙にはどんなことを?」
「一字一句は覚えてないけど、当時オリンピックのマラソン選手で君原健二っていう人がいてね。お爺さんも健二でしょ。だから、ファイト!健二!って書いたのよ」
「え~?告白めいたことはないの?」
「多分好きかも知れないって書いたかな。5年生 聡子よりってね」
聡子お婆ちゃんは少し照れたように、はにかんだ。
「いいねいいね。それでその手紙を?」
「次の朝、早く起きて学校に行って下駄箱を開けたら、たくさん手紙が入っててね」
「おお~ライバルがいっぱいだ」
祖母はそこでニヤリと笑った。
「私その時一瞬、その手紙を全部出して私の手紙だけにしようかと思ったの。でもそんなことしちゃダメって思い直して、その手紙をひとつにまとめて、一番上に私の手紙を置いたのよ」
「その日はビリだったけど、結局一等賞みたいな感じだ」
「うまいこと言うわね。で、そのあと何故か、健二が下駄箱を開ける瞬間が見たくなって隠れて待ってたのよ」
「その瞬間は見れたの?」
「うん見たわ。健二君、一瞬え?って固まってたけど、脱いでた靴をそのまま束ねた手紙の上に置いたのよ」
「あ~そうか~そうかも知れないなあ」
「え?健二君の気持ち、わかるの? 私はショックだったのよ。一番上に置いちゃったから、手紙を直に踏みつけにされたみたいで」
「そうだね、それもわかる。小6男子はまだ恋心なんてわからないガキだし、小5女子は恋に恋し始めた乙女でしょ?」
「そうだったのかもしれないね。あとで思ったことだけど、手紙って誰かに書いてるようで、実は自分に書いてるのよね。特に小5の聡子はね。だから健二にとっては、戸惑うばかりの迷惑な話だったのよ」
「じゃぁ、下駄箱の手紙は、なれそめの始まりにはならなかったんだ」
「それがそうでもないの」
「え?どういうこと?」
「私は中学2年生になってて、健二は中3。もっとおしゃれな服が欲しいと思って、時より電車に乗って隣町のデパートに行っての帰りに、駅の伝言板で見つけたのよ。けんじ おれも好きだよ さとこ って書いてあったの」
「おお! でも? 名前はぴったりだけど、順番おかしくない?」
「それがね、大きく走り書きしたような字で、自分の名前を書く欄まで書いちゃって、それで頭にけんじって書いてたのよ」
「はは~ん。青春の雄たけびみたいな伝言だ」
「そうそう。でね、これは確かめなくちゃって、健二を捕まえてね」
「白状させたと」
「そうなの。あのたくさんの手紙を全部読んだなかで、ファイト!健二!って言葉が一番心に残ってたらしいのよ」
「へ~そこだったのかあ。下駄箱の手紙と伝言板。この二つがなれそめというわけね。小6から3年もの間、健二は聡子を思い続けて、今に至るだ」
「あら随分、端折るわね」
「でもオレ、二人には本当に感謝してるよ。婆ちゃんはそばでいつも見守ってくれたし、爺ちゃんには真正面から叱られたし。あれは堪えたけど、二人が居てくれたからこそ、オレの今があるんだと思ってるよ」
祖母は三日後に退院した。オレは職場に戻った。祖父はまた書留配達をしている。祖父母は息子夫婦を交通事故で亡くした。運転していたのは私の父。助手席には私を抱いた母がいた。トラックがセンターラインを越えて突っ込んで来た。シートベルトもチャイルドシートもない時代。父は逃げなかった。逃げれば、助手席に被害が大きいことを知っていた。母は直前、私を抱いたまま体を反転させ、座席と自分の体で私を守った。背中に傷は残ったが、私だけ生き残った。私は祖父母に預けられた。両親のいない寂しさや傷を見られたくない葛藤やらで、私はグレた。祖父が怒った。
「お前の背中の傷は、お前の父と母が命をかけた愛のしるしだ。その傷に恥ずかしくない生き方が出来てるのか?そこをよく考えろ!」
(そうなんだよな。オレは誰よりも深い愛をもらったんだ)
私は生き直すことにした。そこには祖父母の愛も加わっていた。私が言葉を覚え、爺ちゃん婆ちゃんと呼ぶようになってから、二人はお互いをばあさん、おじいさんと呼ぶようになったという。ある時、祖母に聞いたことがある。ばあさんなんて呼び方、嫌じゃない? 名前で呼んでほしくない? そしたら祖母は言った。
「ほら、伝言板の話したでしょ?わたしね、あの伝言がお爺さんの声で聞こえるのよ。だからいつも私は名前で呼ばれてるの」
もうすでに消えた伝言板だが、祖母の心の中にしっかりと生きていた。
10年後、祖母は祖父より先に旅立った。
お棺の蓋を閉める前、最後に祖父が花をたむけながら、つぶやいた。
「おれより先に逝きやがって」
そのあと、微かな声で続けた。
(おれもすきだよ さとこ)
祖父の伝言板も生きていた。
(了)
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