ずっと嫌な気分でした。
子どもの頃からずーっと、気分が晴れなかった。
周りの子たちが無邪気に遊ぶ姿を見ては、どうして私はあんなふうに楽しめないんだろう、と思っていた。
物心ついた時には、家庭の中でも保育園でも、いつもどこか気をつかっていて、ひとりでいる方がラクだった。何かを心から楽しむという子どもらしい時間は、周りの子に比べて圧倒的に少なかったように思う。
そのせいか、わりと最近まで、良い気分でい続けるという感覚を持ったことがなかった。
心の中ではいつも誰かを批判したり、愚痴を言ったりしてしまうのが通常運転。
■幼い頃を書いたエッセイです↓
■それが普通
ほんの一瞬、良いことが起きて気分が上がっても、数分もすればまたちょっと嫌な気分に戻っている。そんな日々の繰り返し。
気づけば私は、そのちょっと嫌な気分に、すっかり慣れてしまっていた。
そして同時に、それが自分にとっての普通だと信じ込んでいた。
自分がいつも誰かを心の中で批判していること、内面が愚痴でいっぱいになっていることにすら、気づかないほどに。
でも、どこかでずっと、このままじゃいやだ! なにかを変えたい! と思い続けている自分もいた。
その声に耳を傾けたくて、私はたくさんの本を読んだ。幸せとは何か、自分をどう癒すか、心の持ち方について書かれた本を、何百冊も。
■良い気分を、定着させる
はじめは、すぐに元の嫌な気分に戻ってしまった。でもそれは当然のこと。
戻ってもいいと自分に言い聞かせ、あまり気にせず、自分を良い気分でいさせてあげることを優先した。
それまで習慣のように見ていたもの。悪いニュース、批判ばかりのSNS、スキャンダル記事。気分が悪くなると分かっているのに、なんとなく見ていたものを、思い切って見ないと決めた。
それでも、ちょっとしたことで嫌な気分になってしまう。だから頭の中で見えないバリアを張るイメージをした。自分を守るための、壁。
その中で、自分に許可を出すようにした。
批判しなくていいよ
悪いところを見つけなくていいよ
私は安心して、リラックスしていい
思い返せば私は、幼少期から正しくなければいけない、と思い込んでいた。
間違ってはいけない。誰かを正したくなる強い正義感。まるで小さな大人のように振る舞うことが、身についていた。
でも本当は、そんなこと、したくてしていたわけじゃない。
ほんとは、もっとのんびり、ぼーっとしていたかった。
それが、私の本心だった。
■嫌な気分は、防御
良い気分って、すごく特別なことじゃなくて、お気楽でリラックスした状態。心の防御の壁をおろして、くつろいでいる状態。
そんな気分でいることが、こんなにも心地良いものなんだと知って、驚いている。
そして、気づいた。
それまでのちょっと嫌な気分は、自分を守るための防御だったのだと。
私はずっと、心の奥深くで、自分には幸せになる価値なんてないと思い込んでいた。
その苦しさをごまかしたくて、人を批判していたのだ。
あの人よりはマシ
私の方がちゃんとしてる
心の中で勝手にマウントを取ることで、自分の存在価値を確認しようとしていた。誰かの欠点を見つけることで、自分の居場所を保とうとしていた。
でも本当は、そんなことをしたくてしていたわけじゃない。
自分の中にある、価値がないという思い込みが、苦しくてたまらなかっただけ。
今の私は、幸せになっていいんだと思えるようになった。
誰かにマウントを取られても、あの人も心に傷があるんだなと、余裕を持って眺められるようになった。
■気分と、健康
もうひとつ、大きな発見があった。
それは、気分と健康状態は比例している、ということ。
良い気分でいられるようになればなるほど、体調も、心も、どんどん整っていった。
良い気分でいられる時間が少しずつ増えてくると、身体が元気になり、金銭面でも良い変化が起きた。見える景色が変わり、人にも、自分にも、優しくなれた。
気分は目に見えないけれど、毎日の選択を大きく左右する力を持っている。
いまの私は、日々、自分を少しでも心地よくさせてあげることに全振りしている。
自分の心をあたたかくするものを選び、嫌な気分が戻ってきても、責めずに受けとめる。
これが、私にとっての自分を大切にするということ。
いまの気分は、未来をつくる種だ。
