ばあちゃんたちの甘酒
夫にはじめて会った日、
腕時計が素敵だと思った。
黒い革のベルトに、シンプルな四角い時計。
「素敵だね」と言うと、彼は少し照れたように「ばあちゃんが買ってくれたんだ」と言った。
初対面の私に、見栄を張るでもなく、
「ばあちゃんが買ってくれた」と言う。
この人は信頼できる、と、なんとなく思った。
私は子どもの頃に二人の祖母を亡くしている。結婚が決まったとき、また自分にばあちゃんが出来ることがとても嬉しかった。この歳になって、また誰かを「ばあちゃん」と呼べる日が来るなんて。自分のばあちゃんと過ごしたような、大切な時間をまた過ごせるのかな。そんな期待が膨らんだ。
夫のばあちゃんは、いつもニコニコしている人だった。ばあちゃんがいると、周りが明るくなる。
家に遊びに行くと、いつも私が好きな煮物を作ってくれた。蓮根、里芋、人参、鶏肉の入った筑前煮。帰る時には、段ボールにいっぱいの野菜や果物を持たせてくれた。
結婚した年の冬、
夫のばあちゃんは甘酒を作ってくれた。
子どもの頃、初詣の神社でふるまわれる甘酒を飲んだら、美味しくなかった。ただ甘いだけで、ばあちゃんの味と香りとは全く違う。帰ってからばあちゃんに聞くと、「塩をふたつまみ入れるんだ」と言った。翌日、甘酒を作る様子を見せてくれた。私は小学五年生だった。いつかばあちゃんがいなくなっても、これであの甘酒が飲めるのかと思うと、嬉しいような、寂しいような、まだ味わいたくない気分になった。
夫のばあちゃんの甘酒は、その味がした。
「うちの祖母の甘酒と同じ味がします。塩をふたつまみ入れるって言ってて」そう言うと、夫のばあちゃんは「少しだけ入れると、旨いんだよなぁ」と言った。
ばあちゃんは、私が行く日には甘酒を作って待っていてくれた。帰りには水筒に入れて持たせてくれた。私が好きだと言うと、お稲荷さんもよく作ってくれた。「東京で育った子が、こんな田舎料理を好きなはずねぇよ」と最初は言われたけれど、私はほんとうにあの煮物も、お稲荷さんも、甘酒も、大好きだった。
上の子が生まれたときは、家まで会いに来てくれた。ばあちゃんは生まれたばかりの赤ん坊を抱いて、ミルクを飲ませながら、「お父さんの小さい頃にそっくりだなぁ」と目を細めた。いつまでも飽きずに顔を覗き込んでいた。
🍵
それなのに、私は次第に
夫のばあちゃんの元へ行かなくなった。
出産してから、体調を崩すことが増えた。自分なりに健康や食事のことを勉強した私は、白砂糖を頑なに避けるようになっていた。すべての不調の黒幕は台所にあると信じて、砂糖のかたまりみたいな甘酒やおはぎから、そっと距離を取った。せっかく作ってくれたものだけど、それ以上具合が悪くなるのが怖くて、前のようには食べられなかった。
義実家に行くと、座っているだけで気疲れして、帰ってから寝込むようになった。
足はますます遠のいた。
義姉妹は、私が行くとばあちゃんとの思い出話をした。ばあちゃんが庭でドジをした話。買い物の帰り道で転んだ話。孫を可愛がりすぎて大変だった話。場の雰囲気を盛り上げようとしてくれているのかもしれない。毎晩ばあちゃんと電話していることも。いつも楽しそうに語った。
私は自分のばあちゃんと電話で話したことがない。一緒に旅行に行ったこともなければ、夫や子どもたちを会わせたこともない。街中で知らない女の子とそのおばあちゃんが手を繋いでいるのを見ると、なぜか泣いてしまう。
羨ましいを通り越して、苦しくて、義姉妹の話を聞きたくないと思ってしまった。
はいはい。私はどうがんばっても、この家の子にはなれませんよ。やさしいおばあちゃんがいて、良いですねー。
拗ねた。それ以上、傷つきたくなかった。
🩹
長年ばあちゃんは白髪を染めていたけれど、ある年、皮膚がただれるからと染めるのをやめた。私は野呂英作のシルクが入った柔らかな毛糸で、ニット帽を編んで贈った。すぐにお礼の電話がかかってきた。声が嬉しそうで、私も嬉しかった。
その電話でばあちゃんは、笑いながら聞いた。
「なんで、来なくなったの」
私は答えられなかった。
というか、答えたくなかった。
だから、「邪魔になるから」と言った。
「そうかぁ、来ればいいのに」と言って、ばあちゃんは笑った。
そのあと、二回ほど家に行って、夫と三人でおしゃべりする機会があった。ばあちゃんのそばに流れる時間は、ゆったりしていて、明るくてあたたかい。暖炉の側にいるような気持ちになる。
あぁ、ずっとここにいたいなぁ。
帰り際、ばあちゃんを抱きしめたいと思った。
けど、できなかった。
しわだらけの手で、椅子のひじ掛けをぎゅっとつかみ、そっと立ち上がるばあちゃん。一歩一歩ゆっくりと歩いて、玄関まで見送りに来てくれた。
それが、最後になった。
その年の年末、ばあちゃんは病気で亡くなった。
夫は、ふだん弱さを見せない人だ。訃報が届いたとき、夫は泣きながら黙って両腕を広げた。何も言わずに抱きしめ返したら、私の中の何かも決壊した。
行けばよかった。
甘酒もおはぎも、もらえばよかった。
おいしいおいしいって、またおかわりすればよかった。帰り際、抱きしめればよかった。もっとたくさん、話したいことがあったのに。
気づけば夫より泣いてしまった。
夫はイチゴが嫌いだ。理由を聞いたら、子どものころ、ばあちゃんに食べさせられすぎたからだと言う。そして夫は、自分からミカンを食べない。ばあちゃんがいつも皮を剥いてくれたらしい。私が皮を剥くと食べる。
孫が好きだと言えば箱で用意し、皮を剥いて、次から次へと差し出す。好きな果物を一生分食べさせる人だった。私も甘酒や煮物を、あやうく一生分もらうところだった。
夫の楽観的なところ、人を笑わせるのが好きなところは、ばあちゃんから来ているのかもしれない。ばあちゃんが注いだ愛情は、夫のピカピカの心を育て、ポンコツな私を毎日立派に支えてくれている。私はばあちゃんに会うより前に、ばあちゃんが育てた人に惹かれて、結婚を決めたのだ。
義実家に行く道で、いつも夫と話す。
「もうばあちゃんとおしゃべりできないなんて、信じられないね⋯⋯」
邪魔になるから、ではなかった。
甘え方が、わからなかった。
甘えてもいいんだと知ったら、
私はきっと泣いてしまう。
ばあちゃんといる時間ぜんぶ、泣いてしまう。
そして私はまた、心を開いた人を失うことになる。それが怖かった。
私は、まっすぐ差し出された愛情を受け取るのが苦手だ。まぶしくて、たじろいで、逃げたくなってしまう。
静かに置かれたものを、あとから時間をかけてほどいて、やっと自分のものにする。そんな受け取り方しかしてこなかったから。
でも、甘酒だけは違った。あれは小学五年生の冬の日、私のばあちゃんが台所で見せてくれた愛情だった。だから夫のばあちゃんの甘酒を、私は初めからおいしいと思えた。
毎年冬になると、酒粕を買ってきて甘酒を作る。お砂糖と、塩をふたつまみ入れて。
ふたりのばあちゃんの味を、
子どもたちも気に入っている。
