飯山あかりさんの新記事を読んで:不条理を打ち破るために戦うという決意
飯山あかりさんが公開された記事「戦争も訴訟も始めた方が得という不条理」を拝読しました。内容は長引くウクライナ戦争についての冷徹な分析であると同時に、ご自身が直面している数々の訴訟との類似を通して「不条理に挑む決意」を語ったものでした。
■ 「攻撃した方が得」という国際政治の現実
記事の前半では、ウクライナ戦争をめぐる停戦交渉を題材に、現代国際社会に潜む矛盾が描かれていました。
——攻めた側が「得」をし、防戦する側が領土や国民を奪われる。
これは、我々が当然あるべきだと信じてきた「国際法のルール」や「正義」の姿と乖離しています。そしてその歪みこそが、戦争が終わらず、次々と新たな侵略を誘発する根本要因なのです。
■ 訴訟も戦争と同じ構図
記事の後半で飯山さんは、この「攻撃した側が有利」という構図を自身の経験に重ねています。
大量の訴訟を一方的に仕掛けられ、応訴のために多大な時間、資金、精神的エネルギーを消耗させられる。守る側は常に不利であり、不条理の只中に立たされる。
この率直な吐露には、支援者として胸が詰まる思いがしました。政治学や国際関係論の冷徹な視点を持ちながらも、同時に人間としての弱さ・苦しみを共有してくれるからこそ、多くの人は彼女の言葉に共感し続けているのだと思います。
■ 「不条理に屈しない」という信念
それでも飯山さんは「だからこそ戦う」と言います。
攻撃した者が得をする社会の慣例を放置してはならない。
その姿勢は、たとえ個人が国家や巨大組織という圧力に立ち向かうものであっても、極めて政治的・普遍的な意味を持つのではないでしょうか。
今回の記事は、支援する我々にとっても「なぜ彼女を応援し続けるのか」を言語化してくれた文章でした。それは単なる個人の裁判闘争ではなく、道理を踏みにじる力に対抗する根源的な営みだからです。
■ 支援者として感じること
支援者のポスト「いいね」や「コメント」も、おそらく飯山さんの励みになっているように、今回の記事は逆に私たち支援者への大きな励ましとなるものでした。
「不条理をそのまま受け入れるのか、それとも立ち向かうのか」
飯山さんの答えは明確です。そしてその姿勢こそが、私たちを突き動かしているのだと思います。
私も、これからも静かに、しかし確かに声をあげ続けます。
執筆にあたり飯山あかりさんのnote記事を資料にしました。
