奈良吉野から信貴山へ|修行の後の奇跡の虎が導いたもの
@Rico です。
出雲から初吉野(秋)を振り返っていたら、思い出したことがありました❗️
いつでも、試練というか課題はあるのよねw
吉野での感動を胸いっぱいに感じてから、信貴山へ移動して、信貴山下駅に到着したのが、19時15分。

宿泊の場所までの最終バスの時間ギリギリになってしまい、、、
到着したら、バス停の場所が分からずで笑
まさか、アレじゃないか❓とバスを発見した矢先に、バスが出発してしまう。。。
急いで、タクシー乗り場を探すのだけれど、タクシーの気配はなし。ガーーーン。
(さすがに、この時は奈良の深さを知ったよねw)
ひとけのない山道をひたすら歩いていったのを思い出しました。。。
(あまりに暗過ぎて、写真すら一枚もない。写真撮れないぐらい必死だったのが分かりますでしょ!)

このあと、翌月に行きましたね^^
この修行味溢れるスタートが「信貴山」のはじまりでしたが、やはり修行のあとには、ビックリするくらいのサプライズがあるものです。

吉野に再び繋がる情報に出会えたり、
まさかの涙から、有難い御祈祷に繋がったり、
さらには、天河大弁財天社や橿原神宮でのお勤めや、女人大峯への登拝へと向かうキッカケとなったりします。
最近、この年を検証してみると、めっちゃ驚くべきことになっていたのだね!と納得します。

このとき、恐ろしいぐらい真っ暗な山道を見知らぬ町で歩くのは危険⚠️と痛感したので、このとき以降、山道登拝のある場所は、重点的に調べ上げてから参拝に向かうようになりました。
(結局は、学びに繋がっているのだ!)
無事に安心して生きて、寝られる有り難さも実感。
なにかあっても大丈夫なように、一人登拝の時に常備食を持つようにもなりましたよ^^

さらに、諦めずに一歩一歩、道を進んでいけば、必ず目指すゴールには到着する。
それまでの過程に何があったとしても、またその先には、あらたな世界が開けていきます。


吉野の旅から信貴山まで。
すんなりと信貴山朝護孫子寺の参拝シリーズを書こうとしたけど、この時に感じたことを残しておきます。
きっと、いま大変な局面にあったとしても
上手くいかないな、と感じていたりしても
間違いなく、その想いやったり、その先に抱く世界への強烈な誓いのようなものがあれば必ず乗り越えていける、そう信じて。

誰のせいとかではなく、たまたまそれが起こっているのだ、ぐらいな気持ちで。
目の前だけにフォーカスせずに、本来のこと
あなたが本質として捉えたいことに目を向けていく。

そのときに、現実も少しずつ変化をしていくのでしょう。
だれのために
何のために
原点を忘れずに、この人生を生き切ろう。
では。
いつも、ありがとう^^
@Rico
幸せは自分のために
世界が平和であるために
