抹茶ブームは続くのか――721億円の輸出市場と、農家が今すべき判断
こんにちは。毎日お茶と向き合っている農家の一人です。 最近、「緑茶の輸出が好調!」というニュースをよく目にしますよね。2025年には輸出額が721億円に達し、10年前と比べて7倍以上にもなったそうです。この波を引っ張っているのは、間違いなく「抹茶(碾茶)」です。
でも、ニュースの景気の良さと、私たちの畑の現実は同じでしょうか? 数字をじっくり紐解いてみると、手放しで喜ぶだけではいられない、少し複雑な景色が見えてきます。今日は、私たちがこれからも「茶農家」として賢く生き残っていくために、知っておいてほしいリアルなデータを整理しました。

ブームの実態:「世界中で抹茶の取り合い」
ブームの実態:「世界中で抹茶の取り合い」
農家の手取りに届くまでのタイムラグ
静岡 vs 鹿児島:真逆の戦略
中国リスク:「代替者」が静かに育っている
ブームはいつまで続くか:3つのシナリオ
農家として今、何を考えるか
まとめ
抹茶ブームは続くのか――721億円の輸出市場と、農家が今すべき判断
緑茶の輸出額が2025年に721億円に達しました。2015年の101億円から7倍超。その伸びをほぼ一手に引っ張っているのが抹茶(碾茶)です。
では、この波に静岡の茶農家は乗れているのか。データを見ていくと、単純には楽観できない構造が見えてきます。
1.ブームの実態:「世界中で抹茶の取り合い」
まず需要の規模感を確認しておきましょう。
グローバルな抹茶市場は2025年時点でおおむね40〜50億ドル規模(約6,000〜7,500億円)。年平均7〜12%成長が予測されており、2030年には70億ドル超に達するとの見方が多いです。
米国ではスターバックスで抹茶ラテが定番化し、Z世代を中心にコーヒー代替としての消費が根付いています。EUでは有機・ビーガン食品の素材として需要が伸びており、日本から米国・EUへの輸出のうち有機栽培茶が占める割合はそれぞれ65%、75%に達します。
静岡県内の茶商はこう語ります。「2025年は引き合いが例年の数倍に増え、世界各国からバイヤーが訪れた。価格も3〜4倍に上昇し、需要に対し供給が足りていない。世界中で抹茶の取り合いになっている」(JETROレポート 2026年)。この供給不足は、2025年の生葉単価急回復(96円→167円)にも反映されています。
2. 農家の手取りに届くまでのタイムラグ
ただし、輸出が好調だからといって農家の所得が増えるかは、また別の話です。2020年から2024年まで、静岡の生葉平均単価は105円→96円とじわじわ下落していました。輸出が毎年20〜30%拡大していた時期でさえ、農家の手取りは増えなかったのです。
理由は構造にあります。輸出の利益は仕上茶加工業者や商社が先に吸収し、生産農家の手元に届くには時間がかかるからです。さらに2025年は静岡で凍霜害が発生し、一番茶の生産量が前年比19%減と大幅に落ち込みました。単価は上がっても量が取れなかった農家も多かったはずです。
農林中金総合研究所の分析(2026年5月)によれば、碾茶の荒茶価格は2024年時点で3,278円/kgと煎茶の約2.7倍。2025年はさらに上昇して8,046円/kgに達しました。同じ面積・同じ労働時間でも、何を作るかで収益が2〜6倍変わる時代に入っています。
3. 静岡 vs 鹿児島:真逆の戦略
碾茶生産量の推移を見ると、両県の戦略の違いがはっきりわかります。
鹿児島は2023年に碾茶生産量で初めて全国1位となり、2024年には2,150tに拡大(2020年比で約3.6倍)。平坦地が多く大型機械が入りやすい地形を生かし、1工場あたりの荒茶生産量は静岡の約4倍(鹿児島71.4t vs 静岡17.6t)に達します。粉末抹茶を米国の食品加工業者に大量供給する「量産型」の戦略です。
一方、静岡の碾茶(おおい茶)生産量はほぼ横ばい。ただし仕上茶の出荷額では静岡が129,709百万円と、鹿児島の9,907百万円の約13倍。静岡の強みは「作る」より「加工・仕上げる」側にあると言えます。
整理するとこうなります。
鹿児島=碾茶の量産・業務用輸出に特化。スケールメリットで攻める。
静岡=リーフ茶・有機茶でプレミアム市場を狙いつつ、仕上茶産業が厚みを持つ。
農家の経営として考えるなら、自分の農地が平坦か山間地か、碾茶工場との契約を確保できるか、によって転換の現実性は大きく変わってきます。
4. 中国リスク:「代替者」が静かに育っている
楽観論に水を差す最大のリスクが中国の台頭です。参議院農林水産委員会調査室の報告(2025年12月)はこう記しています。「抹茶の海外需要の拡大に対して、日本からの供給が追いつかず需要を逃す中、中国が抹茶の大量生産体制を確立し、生産拡大している」。
中国・貴州省銅仁市は「中国の抹茶の都」を名乗り、2024年に1,200t超を生産。2025年には5,000tを目標に掲げました。現在、中国が世界の抹茶供給量の約半分を担っており、価格は日本産の3分の1から5分の1です。
バイヤーが「日本産を選ぶ理由」を持っている間は差別化が成立しますが、価格差が広がりすぎれば代替が起きてしまいます。日本産の強みは品質・安全性・ブランドですが、技術流出を防ぐのは容易ではありません。優良種苗の流出防止が急務となっています。
5. ブームはいつまで続くか:3つのシナリオ
2025年10月時点でJETROは「海外の抹茶ブームに国内供給が追いつかない」と報告しており、新規顧客を断る輸出業者も出ている。米国ではZ世代を中心にコーヒー代替としての抹茶消費が根付きつつある。
一方でリスクもある。価格高騰を背景に、中国産抹茶への切り替えを模索するバイヤーが出始めている。日本産との単価差は約5倍。品質と安全性で差別化できているうちは問題ないが、需給バランスが変わればそのアドバンテージは揺らぐ。米国のトランプ関税については、緑茶は2025年11月の大統領令により相互関税の対象外となっており、現時点での影響は限定的とされる。
現状のデータをもとに、シナリオを整理します。
シナリオA:日本産の優位が保たれる(2030年まで高単価継続)
世界市場が年7〜12%成長し、品質ブランドが評価され続ける場合。
シナリオB:中国産が業務用を制圧し、日本産はプレミアム市場へ後退(2027〜2028年頃に分岐点)
量産用途では中国産に置き換えられ、日本産は高品質・有機認証などで二極化する。
シナリオC:ブームの鈍化(2028〜2030年)
トレンドの変化などが起きるケース。ただし抹茶は素材として定着しており、煎茶のような急落は考えにくい。
「中国産の業務用との競争は遅かれ早かれ起きる」という点は、どのシナリオでも共通です。
6. 農家として今、何を考えるか
データをもとにすると、選択肢は3つです。
碾茶転換を急ぐ(平坦地・工場契約あり):単価差は現時点で煎茶の約6倍。1haで試算すると煎茶の粗収益130万円前後に対し、碾茶は830万円前後になる計算です。
有機栽培・プレミアムリーフで差別化(中山間地・小規模):EUへの輸出では有機栽培茶が全体の75%を占めます。転換コストはかかりますが、参入障壁がそのまま競争力になります。
静岡の仕上茶産業との連携:大手仕上茶メーカーとの契約栽培に入ることで、価格変動リスクをヘッジする。
どの選択肢も、「何もしない」より明らかに優位です。煎茶・リーフ茶の国内消費は今後も減少トレンドが続きます(2024年の1世帯あたり購入量は、昭和40年から72%減)。市場が縮む側で待っていても、状況は改善しません。
まとめ
抹茶ブームが終わるという証拠はありません。供給不足は当面続く見通しです。2025年の単価急回復は、その需要がようやく農家の手元にも届き始めたサインと言えるでしょう。
今後の競争が「量」の勝負になるか、「ブランド・品質」の勝負になるか。その分岐点は2027〜2028年頃と見る向きが多いです。
煎茶をそのまま続けることが、いま最もリスクの高い選択肢になりつつある。
データ出典:静岡県「静岡県茶業の現状」(令和8年3月)、農林水産省「農林水産統計」・「茶をめぐる情勢」、財務省貿易統計、参議院農林水産委員会調査室「茶の輸出拡大―抹茶供給体制の現状と課題―」(立法と調査2025.12 No.480)、農林中金総合研究所「抹茶ブームと煎茶高騰」(2026.5)、JETRO「抹茶ブームを経て本格的な普及段階に移行するASEAN日本茶市場」(2026年)、36Kr Japan(2025.8)
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