「変」を美学にした人たち
「変だね。」
僕が好きな音楽は、昔からそう言われることがありました。
Pixies、Cocteau Twins、Lush、Belly、Dry Cleaning、Big Thief、八十八ヶ所巡礼。
確かに、どれも少し変です。
でも思ったんです。
彼らは「変な音楽を作ろう」としているわけではない、と。
「変」を狙っているわけじゃない
例えばPixies。
静かなパートから突然爆発するダイナミクス。ポップなのに不穏なメロディ。叫んだかと思えば囁き、歌詞もどこか現実と夢の境界を漂っています。
初めて聴いた人は「なんだこれは」と思うかもしれません。
でも、彼らは「変なことをやろう」と考えたのではなく、自分たちが面白いと思うことを追求した結果、あの音楽になっただけなのでしょう。
Cocteau Twinsもそうです。
何を歌っているのか分からない。でも歌詞が分からなくても、美しい。
ギターはギターなのに、まるで霧や光のように空間を漂う。
LushやBellyも、その流れを受け継ぎながら、自分たちだけの世界を作っていました。
そして最近好きなDry Cleaning。
歌というより語りに近いボーカルなのに、不思議と音楽として成立してしまう。
普通なら「これでいいの?」と言われそうなことを、堂々と作品にしてしまう。
八十八ヶ所巡礼も同じです。
ロックなのか、プログレなのか、歌謡曲なのか。
そんな分類がどうでもよくなるくらい、自分たちの音楽を鳴らしています。
「変」は個性の結果
昔は「変な音楽が好きなんだな」と思っていました。
でも今は少し違います。
好きなのは「変」であることではありません。
誰かの真似ではないこと。
その人にしか作れない音楽であること。
その結果として、周りから見ると「変」に見えているだけなんです。
だから時間が経っても古びない。
流行に合わせて作られた音楽は時代とともに色褪せることがあります。
でも、自分たちの美学だけを信じて作られた音楽は、何十年経っても「この人たちしかいない」と思わせてくれます。
最近、改めて気付いたこと
さっき、Elasticaの「Blue」をギターでカバーしました。
フレーズは細かいところまで完璧には再現できませんでした。
でも、音の質感だけは追いかけたかった。
左にRAT、右にBig Muff。
そんなことを考えながら録音している自分に、「ああ、自分が好きなのはこういう音なんだな」と改めて気付きました。
そしてBellyの『Star』を聴き直し、Lushの『Spooky』を再生した瞬間、「あ、これ知ってる」と昔の記憶が蘇りました。
さらに振り返ると、Pale Saintsも好きだった。
結局、自分は4ADというレーベルの美学に、ずっと惹かれていたのかもしれません。
「変」は褒め言葉
「変」という言葉は、少しネガティブに聞こえます。
でも、僕にとっては違います。
誰にも似ていない。
誰かを真似していない。
自分の美学を貫いている。
その結果として生まれた「変」は、むしろ最高の褒め言葉です。
だから僕は今日も、少し変な音楽を聴いています。
そして、そんな音楽を作った人たちに、ずっと憧れています。
