📷この世で一番優秀なカメラは僕の目だ
もしかしたら、いつかの未来、
コンタクトレンズ型の極薄カメラが
誕生するかもしれない
そうなったら最高だ
『撮りたい!』と思った瞬間を、
一瞬も逃すことなく残すことができる
そのカメラにはフォーカスブラケット機能も付いているから、ピントもボケ感も後で思いのまま
プロキャプチャーモードもあるから、
少し遡って撮ることも出来る
僕の目に映った、
『美しい世界』を全て保存することができる
そして、そんな僕の写真は
瞬く間に世界で称賛されるのだ
「こんな一瞬、どう撮ったんですか?!」
「ここまで自然なストリートスナップは観たことがありません!」
「これこそが絶対非演出の絶対スナップだ!」
きっと僕は広く名を馳せる写真家になるだろう
僕の目に映る世界を
全て写真に出来さえすれば

現実に戻りまして、
実際そんなコンタクトレンズ型カメラなんてない
しかし、
『僕の目に映る美しい瞬間』
は変わらずそこにある
どうしたものか
それらをただ見送るだけ というのは
悲しすぎるし なんだか癪だ
だからカメラが要る
でも、カメラなら何でもいいってわけではない
『僕の目に近いカメラ』が要るのだ
僕が見た景色の、色合い、コントラスト、画角、明るさ、に極めて近い写真が撮れないといけない
つまりはカメラを自分の目の代わり(体の一部)として追加しなければならないので、いつでも持ち歩ける携帯性も重要だ、重い一眼レフは僕には合わない
その上で僕がたどり着いたのは、
RICOH GRIIIだったり、
OLYMPUS TOUGH TG-5 だったり、
Nikon ℤƒcだ
GRIIでもTG-7でもZfでもなく、ね
これらのカメラは
僕の目との親和性が高い第三の眼だ
そして、仮にコンタクトレンズ型カメラが誕生して全てを残せるようになったとしたら、僕は過ぎ去っていくその美しい一瞬一瞬を尊ぶことが出来るだろうか
二度と訪れない一瞬だからこそ、
それを捕まえられるカメラも尊いのだ

『僕の目に近いカメラ』と言ったけど、
裏を返せば、
僕の目も
『撮影機能を持たないカメラ』のようなもの
なのだ
同じもの同士でないと比較や校正は成り立たない
僕の目という上位互換のカメラがあるからこそ
カメラをそこに擦り合わせることが出来る
そう考えると、
この世で一番優秀なカメラは僕の目
ということになる

僕に限らず誰しもがそうだけど
人それぞれ、自分の目、がある
黒は黒でも、その人の瞳の色や、その位置からの光の角度によって、ひとつとして同じ黒は無い
だからこそ、そこから写し出される写真は異なるし、お気に入りのカメラも異なるのだ
その人の目に合ったカメラは
その人にしかわからない
「自分に合っていたから」という理由だけで
他人にそのカメラを本気で勧めるのも見当違いだ
逢うべきカメラに
出逢えることを
人は幸せと呼びます
はい
ということなので
僕は眼球くりぬいてGRを埋め込んできます
それでは!
Get Real!
