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【短編小説】 Weather:ing



プロローグ

 世の中には様々なニュースがある。
 世間を騒がせる大きな事件から、学校で友達と話す、昨日の晩御飯の話まで。つまらぬ事で話は絶えず、散らかる部屋で笑い合える。そのほか今やスマホをひらけば、世界中のニュースを知ることができる。それは大から小まで様々だが、だからこそニュースで溢れている現代では、一つ一つのニュースの、話題としての消費期限はとても短い。

 たとえ、芸能人が自殺をしたとしても、忘れない強い意思がなければ、一つの話題としてその事実はすぐに風化してしまう。


曇。

〜二〇二一年八月十三日金曜日〜
 朝、目を覚ますと泣いていた。何故だろう。別に、悪夢を見ていたわけではない、と思う。
 ああ、と。
 理由はなんとなく察したけど、それを認めたくはなかった。
『もう私のことは思い出さなくて良いから─────』
 悪夢ではない。ただ何度も同じ夢を見ているだけ。
 時計の無機質な音だけが鳴り響く部屋の中、しばらくぼーっとしていた。音のなる方に目をやっても時計は見えない。私は朝が苦手で、少なくとも、時計の文字盤が読めないほど薄暗い時間に自力で起きられるような人間じゃない。枕元のスマホを手に取ると液晶画面のわずかな光にすら目が眩む。時刻はまだ六時半だった。
 「よかった。」
 そう、反射的に呟いてしまった。が、よくない。いや、よくないこともないけど早すぎる。今日は土曜日で、普段だったら午前中のほとんどを睡眠に費やしているはずなのに。改めて思えばそれもどうかと思うけど。それでも、真っ先に「よかった」なんて言葉が口をついて出たことを思えば、やっぱり自分に嘘はつけないと思う。
 「─────」
 なんでこんな時間に目を覚ましてしまったのか、理由は分かりきっていた。
今日は映画を見にいく。
 それだけ。
 ただそれだけのことなのに、ここまで意識してしまっているのは、きっとそれが私にとって大事なことだから。
 「ぁ───」
 涙が渇ききらないうちにまた溢れる。いくらなんでも動揺しすぎかもしれない。一年振りに彼女に会うのに、こんな顔をしてたら怒られてしまう。
 「けど、いいよ」
 独り言のように呟かれた言葉は自信がなさげであまりに小さく、時計の音にかき消された。だけどどんな顔をしていても会いに行く。

 そう決めた。


 朝の身支度は意外とすぐ終わる。別に誰かと出かけるわけでもないのだから自分を飾る必要もない。むしろそのままの自分という意味ではこうあるべきなのかもしれない。
 考えすぎか。
 けど、ということはやっぱり心の準備はまだできていない。考えすぎないわけがない。一年もかけておいて。
 思えばあれから一年。また一人になって過ごした一年はやけに長かったような気がするし、その分多くのものを失った気にさせられた。高校の時から付けている日記も、一昨年は三冊分も書いたのに、去年一年間では一冊分すら書いてない。元々は『忘れないため』に書いていた日記。それが今では、生活の密度が薄くなったことの証拠のように今の現状を『思い出させて』くる。
 彼女がいなくなってから一年。
 一人になってから、一人にさせられてから、一年。
 彼女と出会う前の私はどんな人間だっただろうか。そしてそれを彼女はどう変えてくれたのか。

 それを日記を頼りに思い出してみる。

霖。

〜二〇一九年五月十八日土曜日〜
 入学シーズンが終わり、五月病チックな私に追い打ちをかけるかの如くやってきた梅雨と言う名のそれは、ただひたすらに日々の憂鬱を加速させていた。春から始まった新生活も憧れだったキャンパスも心躍ったのは最初の一ヶ月だけだった。一度慣れてしまったら、後は繰り返しの毎日。もとからインドア派だった私は梅雨なんてものがやって来ようものなら当然の如く外にも出ず、苦手だった人間関係もますます希薄になっていった。いや、希薄になってしまったからこんな繰り返しの毎日に陥ってしまったのか。どこへ向かって歩けば良いのかわからない。後に振り返ってみれば私を襲っていた憂鬱も抱えていた漠然とした悩みや不安も考えてみれば当たり前で、「上京したての大学生」なら誰もが避けては通れないありふれたものになってしまうのかもしれない。けど今の私にはそれが全てであり、どうにかしないといけない第一の壁なのである。ちなみに第二の壁は大学のレポートで、第三の課題はサークルの飲み会をどう断るかである。
 「はぁ・・・こういうめんどくさいイベント事がなさそうだから入ったサークルなのになぁ。」
 邦画研究同好会(邦研)。大学非公認のサークルではあるがその実、意外とその歴史が長いサークルらしい。高校の頃から映画が好きな私は速攻で入部を決意。本来は例年新入部員が二、三人しかおらず、全員で十人に達するかどうか程度のサークルのはずらしいのだが・・・
 「なんでよりにもよって同い年にあんなのが・・・」
 今年はなぜか新入部員だけで十人を超えている。その男女比およそ八対二。何故こんなことになっているのか。その原因は私の他にもう一人入部したらしい女子部員にある。
 「現役で女優としても活躍中の有名インフルエンサー、ね」
 中邑陽月。こいつが何故か他のサークル全ての勧誘を無視してうちの邦研に入ってきやがったのだ。そのせいでこいつ目当てでうちのサークルに入部する輩(男)が多発。そして前述の通り、例年なら絶対に行われないであろう新歓の飲み会までもが敢行されようとしている。
 「行かなきゃ良い話なのはそうだけど、コミュ障にとっては断るのすら神経使うんだよなぁこういうのって。」
 確かに現役の女優ともなれば大学の他にも実際仕事とかで忙しいだろうし、そういう意味では素直に演劇サークルなんかに入るより、うちに入った方が良かったのかもしれない。うちは元々は緩いサークルらしい。それにせっかく大学に入った以上何かしらのサークルには籍を置いておきたいのだろう。だがしかしこいつのせいで、現状それが変わりつつある。
 「まじでどうやって断ろうかな・・・。体調不良って言ってドタキャンするか?いやでもか会費は事前に集めるらしいから結局面倒になるよなぁ。ならもういっそのこと参加するとか。この状況を好機と捉えて友達たくさんのサークルライフを・・・!無理だな。うん。無理。そんなことできたら現状こんなことにはなってないんだよぉぉぉ。」
でも実のところ女優狙いの輩は置いといて、先輩たちとはできれば普通に仲良くなりたいとは思っている。以前、顔合わせの際に知り合ったが、こんな私にも優しく接してくれた、数少ない人たちなので、あの人たちとならなんだかうまくやれそうな気がしている。もっとも、顔合わせといっても数名の上級生としか会っていないが。だけど、そうすれば今私を悩ませる壁たちを一掃できるのではないか。そう考えると本当に飲み会に行くことが最善策のようにも思えてきたところで─────
 ピコン!
 スマホの通知が来た。友達が少ない私は、こういう場合大抵は公式からの通知というのがオチなのだが今回は様子が違う。
 ピコン!ピコン!
 「お?」
 連続で三件も。しかも一件目と二、三件目の間隔が不揃いだ。これは公式アカウントからの通知などではない。長年公式アカからの通知に一喜一憂してきた自分の感覚がそう告げている。
 「もしかして久々にきょんきょんからの遊びのお誘いか!?いやぁー最近全然連絡くれなくなっちゃったからなぁ。どれどれ・・・?」
 大学に入ってから疎遠気味になってしまったオタク友達からの連絡かと期待をしたが


 『通知:投票のお知らせ!飲み会の日程について。都合のいい日に投票してください!』


 「・・・はぁ」
 そんな淡い希望は打ち砕かれた。思えば飲み会の話を聞かされたのは先週のことなので、確かにもうそろそろ幹事が動き出す頃合いか。いよいよ本当に時間がない。まだ結論など出ていないのに。
 「んー、よし。もうこうなったら素直に行ける日程に投票していけない日になったら行かない。そうしよう・・・。いや、でも不参加っていう選択肢も用意されてる・・・。」
 もはや運に任せようと思った矢先の甘美な選択肢。もうこうなったら、不参加に入れるのが丸いのだろう。
 「けどなぁ・・・ん?」
ふとよく見れば、今、投票が始まったばかりなのに不参加に入れてる人が既に一人いる。
 こんな早々に不参加決め込むなんて肝がすわってるなぁ。
 そう思ったが実際は忙しいだけかもしれないし、ここで肝がすわってると思ってしまうのは自分の行きたくなさの表れだろう。
 それにしても誰だろう?
自分と同じ気配がするこの人物は誰だろうと確認してみる。匿名投票ではないようだ。
「ええっと、不参加・・・中邑陽月!?」
なにっ!?
 思わず大きな声を出してしまった。が、しかしこれは大荒れの予感。さっきの流れからわかるようにこの飲み会はそもそも彼女がいないと成立しないまである。もはや彼女が主役、彼女がいてこその舞台(飲み会)と言ってもいい。なのにも関わらずその彼女がいないとなるとこれ、人集まるのか?
 「本当はさっさと行ける日に投票しちゃおうと思ったけど、こうなったら一旦様子見だなぁ」
 というわけで私はひとまずこの投票の行末を見守ろうと思う。
 第二の壁を先送りにすることにしたわけだし今日はレポートでもやるかぁ。

 〜二〇一九年六月月一日土曜日〜
 「・・・やっぱり帰ろうかな。」
 邦画同行研究会部室前。私は今そこにいる。本来なら飲み会が行われていたはずであろうこの週末。何故私はこんなところにいるのか。
 結果から言うと飲み会は中止になった。あの後、結局中邑さんがいないことを知った連中が、次々に不参加に投票。終いには、言い出しっぺであろう奴まで「急用が〜」などと言い出す始末。あくまで新歓目的の飲み会で、これだけの新入部員が不参加なのであればということで、私が投票するまでもなく中止が決定した。ちなみに中邑さんが不参加の理由は、分からずじまいだった。誰かがしつこく聞いていたが、「立場上言えないこともある」と一蹴されていた。さすが女優といったところだろうか。
 しかし、そんな結末を辿った投票の裏で、私の元には一通のメッセージが届いていた。相手は邦研の部長。内容は、どうやら私の居心地の悪さを察してくれたかで、
 「実は、少人数でも新入部員歓迎会をこっそり開こうと思ってるの。グループでの投票を見てる限り、不健全な人が多そうだったし、今年の女子部員は二人だけだったりでそこに関しては私たちも申し訳ないと思ってるから、もし良かったらだけど参加してみないかな?確か不参加の投票もしてなかったよね?」
 とのこと。
 先輩との関わり自体は欲しいと思っていた私にとって、これは願ってもないお誘いということで、私は二つ返事で参加を決めた。
 そして今。私は部室前で固まっている。約束の時間までは、後十分程度はあるのだが、いざ、ほぼ初対面の人たちと顔を合わせるとなると緊張してきた。
ここにきてなぜ、自分は筋金入りコミュ障のくせになぜ二つ返事をしてしまったのか、などと考えてしまっている。
 いや違う。
 コミュ障だからこそ思いが変わる前にさっさと行くことにしたのだ。この機会は逃してはいけない最後の砦。その一歩目が踏み出せないでどうする。
そうしていざドアに手をかけた時、
 「あの、もしかして邦研の新入部員さん?」
 ふと急に声をかけられた。一瞬自分が話しかけられたことが分からず反応が遅れてしまう。
 「え、?あ、あぁはい、そ、そうです。」
 「やっぱり!そうだと思ったんだー!実は私も同じでここの新入部員なの!よろしくね!」
 「えあ、あぁ、よ、よろしくお願いします。」
 なんだこの太陽みたいな女は。少し話しただけでわかる。文字通り陽キャだ。なんでこんな所に・・・
 って、ん?いや待てよ。こいつ今「私も同じ新入部員」て言った?
 「私の名前は中邑陽月。現役で女優やってて実はちょっぴり有名人だったりするんだけど、知ってる?」
 なるほどそういうことか。もちろん知っている。というかこの大学だけで言えばちょっぴりどころじゃなく有名人だ。
 「も、もちろん存じ上げています。」
 「もーなんで敬語なの?同い年なんだからタメ口で行こうよ!あ、それとも浪人生だったり?」
 「いーやいやいや、してないですよ、そんな。てか初対面でよくそんなこと聞けますね・・。もししてたら失礼じゃないですか・・・?」
 「た、たしかに・・・!」
 もし私が元浪人生なら、こいつのことを即嫌いになってたな。
 「それで、貴女の名前は?」
 正直こういうタイプは嫌いにはならずとも苦手なのだが、先に名乗られてる手前、大人しく名乗っておこう。
 「月風秋帆です。」
 「これからよろしくね、月風さん!」


 こうして私は、私にとって運命とも呼べる出会いをした。

曇。

〜二〇二一年八月十三日金曜日〜
 あの後は確か、結局一緒に歓迎会に参加したんだっけか。そもそも彼女が不参加とか言うから開かれた歓迎会に何故彼女がいたのか。聞いてみたら、
 「新入部員って立場上、堂々と行きたくないから行かないとは言えないでしょ?」
 と言っていたのはよく覚えてる。柔軟で面白い人。そこで彼女の第一印象はただの陽キャから塗り替えられた。
「懐かしいな。」
 今となってはもう二年前の話。やっぱり彼女とのことを思い出すと時間の流れは早いと感じる。

 私と彼女はすぐに打ち解けた。ただの陽キャに見えた彼女も、実際は仕事の都合で学校にいることは少なく、なんだかんだで学校での友達はいなかったらしい。友達になりたがる人はたくさんいたそうだが、飲み会騒動のあの様子を見てるとそれすらも怪しく見えたようだ。無理もないだろう。だがしかし、そのせいか、おかげか、彼女は数少ない大学での時間はほとんど私と過ごした。休日にはよく大学近くのミニシアターに二人で足を運んだ。元々私は自分のことをコミュ障だと思い込んでたかけど、実際はただの人見知りで、仲良くなってからはその少ない時間で多くのことを話した。あの頃の私たちは、少し互いに依存してたのかもしれない。飲み会での一件や、仕事のことで、彼女は人間関係において大きなストレスを抱えていたし、私にはその捌け口になる役割もあったように思う。私も私で頼られることが嬉しくて、それを嬉々として受け入れていた。
 だけどそんな日々も長くは続かなかった。

雨。

〜二〇二〇年八月十五日土曜日〜
 「あ、そうだ!実はね、今日は秋帆に良い知らせがあるんだ〜!」
 「良い知らせ?」
 なんだろう。
 「そう!実はね、私、今度やるアニメの実写化映画で主演に抜擢されたんだー!」
 アニメの実写化にて主演。しかも聞けば私も好きなアニメ。
 正直私は嫌な予感がした。
 私もオタクだからわかるが、アニメの実写化が成功することは少ない。結構な確率で炎上する。その理由は様々だが正直キャスティングが原因なことも少なくない。実際、アニメの実写化では話題の作品で話題の俳優、女優を使えば売れるだろうという魂胆が見え透いていることが往々にしてあり、俳優、女優が原作のキャラの雰囲気に合わないというファンからの意見が多く存在する。今回、残念ながら私はそれと同意見だ。普段の彼女のキャラクター像とミスマッチなように思えてしまう。さらにアニメの実写化では映画の尺の都合上、原作における重要なシーンがカットされたり、ひどい場合には原作と全く違う展開になることもある。そして、これらの改変はほとんど監督の裁量によって決まる。だがしかし、作品への非難は多くの場合、表に立つ俳優や、女優へと向けられる。
 彼女らの意思でそうなったのではないのにも関わらず。


 そう、私は知っていたのだ。
 だけど、
 「良かったじゃん。がんばってね。」
 私は甘く見ていた。
 芸能界という世界を。
 そこで生きる人達に浴びせられる非難の量を。心のどこかで彼女なら大丈夫だろうと思っていた。彼女は柔軟な人で、多少の非難にも慣れてるだろうし、アニメのことなら私も手伝えることがあるだろうからと。
 だけどやはり、事態はそううまくは運ばなかった。

霎。

 結果として、私の嫌な予感は当たってしまっていた。実写映画の告知がSNSでされると瞬く間に炎上。みるに耐えないほどの誹謗中傷や,非難の声がそこにはあった。当然、私も彼女も予想してたこと。最初私は、暫くすればおさまるだろうと楽観的に見ていた。だがしかし、炎上は予想以上に長く続いた。別のキャストや監督が、SNSに慣れていないせいか、寄せられた意見に対し、放っておけば良いものの反論を繰り返し、結果火に油を注ぐ事態が多発した。そのせいで、特に何もしていない彼女もその影響をもろに受けてしまった。
 撮影自体も、順調とは言えなかった。彼女を心配した私は、何回かに一度、撮影に同行させてもらうことにしていた。一応は専属のマネージャーという形だ。
 プレッシャーとストレスに押しつぶされ、それでも、一生懸命に作品に向き合っていた彼女だったが、そんな状況で良い演技ができるはずがなかった。彼女は女優だった。けどその前に一人の人間で、学生でもあった。
 日に日に弱っていく彼女を横目に私は何もすることができなかった。いや、実際は励ますくらいはしたのだったか。しかしそれはほとんど彼女の心には届いてはいなかった。何もできなかったのと同じだ。
「秋帆に!あんたに私の何がわかるっていうのよ!」

 喧嘩をした。

 溜まりに溜まったストレスはやはり私へと吐き出され、鋭利な刃物となって飛んできた。自分がそうされたのと同じように。あの時私は彼女になんて返したか。
 安易な共感をしてしまった。
 剰え、私も辛いなどと口走った。
「秋帆に私の気持ちなんてわかるわけないでしょ!私も辛い?だからなんなの!?秋帆がつらいからなんなんのよ!それを聞いて私にどうしろっていうのよ!大体私よりあんたの方が辛いわけないでしょ!・・・それに辛いんだったらもう心配しないで。もう私のことは思い出さなくて良いから。」
 わかるわけがない。彼女がそう言ったのならそれは事実だろう。想像を絶するほどの、プラスもマイナスも含んだたくさんの意見を浴びて。彼女がどんな心境に陥ったか。それは想像に難くない、わけがない。想像などできない。普通に生きていればそんな状況にはならない。自分の知っていることからあまりにもかけ離れたことは、人には想像はできない。
 それに。そんな状況の彼女に、言わせてしまった。
 「もう私のことは思い出さなくていいから。」
 私を想っての、私への心配の言葉。この言葉を最後に、私と彼女は二度と口をきくことはなかった。



 彼女は自殺をした。


狐。



〜二〇二一年八月十三日金曜日〜
ピリリリリリ。
 スマホに電話がかかってきた。相手を確認すると、スマホには「部長」の名前。
 「もしもし。」
 「もしもし、秋帆ちゃん?久しぶり。元気してる?」
 「まあまあ元気ですよ。部長はどうですか?」
「私も元気よ。あと、いつまで部長って呼び方してるの?私もう卒業してるのよ?」
 「でも部長は部長ですから。」
 「まぁ、別に良いわ。それより・・・たしか、今日が上映最終日よね。」
「・・・映画の話ですか。」
「ええ。その話をするために電話をしたんだもの。正直、陽月ちゃんのことは私たちも残念に思ってる。今でも変 ずっと。でもあれは絶対秋帆ちゃんのせいなんかじゃない。あのタイミングで事務所のマネージャーの不正が発覚したりして・・・。不運な事故だったんだよ。それにだからこそ私は秋帆ちゃんにあの映画を見て、ちゃんと向き合って欲しいと思ってるの。なんだったら私も一緒に─────」
「部長、大丈夫ですよ。今日は私一人で観にいくつもりですから。」
彼女が主演を務めた映画。それが今日観る作品だ。
この決断をするのにとても多くの時間を使ってしまった。しかし、今日この日に間に合ったのだ。なら私はもう迷わずに胸を張って彼女に会いにいく。

 涙はいつのまにか乾いていた。

霽。

 昔のことを思い出していたら、気付いた時にはもう良い時間だった。
 急いで家を出る。万が一にも遅れるわけにはいかない。
 と思ったが、予定よりも早く着いてしまった。いつもは二人で話しながら歩いていたからか。思えば一人でこの場所に来るのは初めてで、改めて来てみると意外と遠いなと思った。

凪。

 音が消える。
 映画が始まる前のこの空気。ざわついていた劇場内は広告の終わりと共にさらに暗くなり、観客も映画の始まりを察して息を呑むように静まり返る。あの瞬間、劇場内に渦巻いてるいろんな人の様々な期待や感情がより露わになるような感覚がする。期待や緊張、それらが入り混じったあの静かな瞬間が私は好き。映画館という場所には様々な人たちが訪れる。家族、友人、恋人同士、先輩後輩など様々。それぞれがよせる想いも、また様々。映画館は多くの人にとって非日常的な空間であってそんな場所にいろんな想いが詰まっている。そういう場所。私はそう思う。かくいう私もそれを構成する一人としてここにいる。
 そうして暫く。映画は始まった。
 スクリーンのむこうで生きていた彼女は─────


エピローグ

 大学を卒業後、私は女優の養成所に通うことにした。
 親には卒業後は就職をすると言っていたので猛反対を受けた。けど私は知りたいと思ってしまったのだ。私にはわからないと言われたことを。彼女がどんな窮地に陥っていたのかを。
 わからないで済むのなら。わからないで良いのなら。そっちの方がもしかしたら良いのかもしれない。でも、あの日以来、わかりたいと思う人生になった。私は彼女の生きた人生をわかっていたい。
 そしてそれを忘れないでいたい。

 あの映画で彼女を観た、あの瞬間から、私はそこを目指して歩いている。















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