フルーツパフェ
焼き肉屋で久しぶりに、ランチを食べ終えた私は、車に乗りこんで
「あの喫茶店に行こうよ」
と彼に言った。
まだ、お腹に隙間がある私は、油っこい物を食べた口に、甘い物を入れたくなったのだ。
その喫茶店に行くなら、パフェが食べたいと、頭にすぐ思い浮かんだ。懐かしい、80年代の音楽が流れ、
昭和の香りがどこか漂っている喫茶店だ。
「何にしようかな」
私はメニュー表を眺めた。
ここでパフェを食べるのは、久しぶりで、メニュー表には
チョコバナナパフェ、ストロベリーパフェ、抹茶パフェと種類が多くて、いつも選ぶのに迷ってしまう。
そのたくさんのメニューの中から、
フルーツパフェの写真に、私の目が止まった。
今までこの店で、何種類かのパフェを食べてきたのだが。
王道のフルーツパフェを、
私は今まで頼んだことがなかった。
そして私は今日、フルーツパフェを食べてみようと思ったのだ。
運ばれてきたパフェは、メニュー表の写真どおり、この喫茶店にふさわしい、懐かしい食品サンプルのような外見をしていた。
バニラアイスに生クリーム。
その周りを囲むように、彩りのフルーツが添えられていて、複雑な切り方をしたりんご、真っ赤に光るさくらんぼが、ちょこんとバニラアイスの横に乗っていた。
そして私は、生クリームとバニラアイスクリームを、パフェスプーンですくって口に含み、舌に溶かしていく。口の中に甘さとひやっとした感触が、じんわりと広がっていった。
私は目の前のパフェを食べながら、幼い頃の記憶を思い出していた。
だんだんと、過去の記憶が現在に
蘇ってくる。私の頭の中の奥にしまってあった古いアルバムを、そおっと開いていく。
私たち家族は、ファミリーレストランにいる。席に座っているのは、父と母と私だ。
食べているのは、たぶん、お子様ランチのように思う。テカテカしたハンバーグ。チキンライスに刺さった旗。
お子様ランチを、断片的に思い出していく。
それから、食後に頼んでいたのかもしれない?私はフルーツパフェを食べている。
なぜか、そのパフェで1番に鮮明に覚えているのが、パフェグラスの底に、ハッとする緑色の液体が溜まっていたことだ。
その液体は子供の舌にも甘ったる過ぎて、じっとりと重みが残る。
緑色のその見た目もどこか不思議で、少し苦手だった。
それが、私の記憶の中の、フルーツパフェだ。
幼い頃に食べたパフェを、大人になった私がもう一度、
味わえたら…。
その味は今、どう感じるのだろうか?
私は、頭の中で想像してみた。
あれ?
今食べているパフェと比べてみると、あまり美味しくない気がするのは、なぜだろう?
うん、そうだ。
やっぱり、当時のパフェは、なんだかんだいって、昔のパフェなんだよな。
でも、幼い私はきっと目を輝かせて、小さな口に、いっぱいパフェを頬張って食べていたのかもしれないと…目に浮かぶ。
私たち家族が揃って外食をしたのは、中学生ぐらいまでだった。
今、振り返ってみると家族全員で、どこかに遊びに行った記憶は少なかった。
父は、すごく真面目な人だった。
家族経営の工場で、ずっと定年まで働いていて、父が亡くなった時に親戚のお姉さんが話してくれた。
工場で働いている間は、無遅刻、無欠勤だったらしい。
ほとんどが、仕事をしている人生だったと思う。
家の中では、テレビを見て、ため息をつくように笑い。
無口で、自分のことを多くは語らなかった。
母も、なんだかんだで忙しくしている人だった。
私の最初の記憶は、お布団の柄で。部屋には音がなく。
家に、ひとりきりの時間が多かったような気がする。
その時、母は働いていたのかどうか、もうわからない。
3年前に認知症を患って、施設に入ってしまった。
今、そんなことを聞いても、答えてはくれないだろう。
いや、認知症でなかったとしても、きっと「おぼえてないよ」と、
きっぱりした声で返ってきそうだ。
だけど、行った回数は少なかったが、外食をする時は、決まって近所のファミリーレストランに行くのが恒例だった。
夜に行くことが多かったのか。
店内の明かりの暖かい色と、窓ガラスから見える暗闇に浮かぶ点々とした光たちが、きらきら輝いているのを思い出せる。
その時、私は幸せだったんだろう。
だってまだ、子供だったのだ。
外食は、そのファミリーレストランしか知らず。
目の前に出された物を、ただ食べていたのだ。
私がお子様ランチを食べたいと、パフェを食べたいと言ったのか?
それとも子供のことを考えて、親なりに選んでくれたのか?
だが、その時の家族の顔は思い出したくても、どうしても、思い出せない。なんで、顔すら浮かばないのか。みんな、一体どんな表情をしていたのだろうか?
私は今、パフェの底に光る緑の液体を、パフェスプーンで無性に掻き回し、幼い頃食べたフルーツパフェを、もう一度、狂おしく食べたいと願った。
そして、子供の頃のようにパフェを口いっぱい頬張りたかった。
その緑の液体が何なのかは、
今も知らない。
調べてみたら分かるかもしれないが、知りたくもなかった。
でも、それが、今、とてもとても
恋しくて、たまらないのだ。
「おい、どうした⁈」
彼に声をかけられて、私はハッと
我に返った。
喫茶店の音楽が、再び耳に流れてくる。いつの間にか、私はパフェスプーンを握りしめていた。
「大丈夫か?気分でも悪いのか?」
彼は私のお腹を見てから、心配そうに顔を覗きこんできた。
「あ〜何でもないよ、大丈夫だよ」
と私は平静を装い、笑ってみせた。
私は気を取り直して、パフェを食べようとした。
その時、お腹の中にいる小さな命が、私を蹴ってきた。
私はお腹に手を当てて、そっと撫でた。ふっくらとした柔らかなお腹に触れた手は、じんわりと暖かく。
そして、力強かった。
私は食べかけのパフェに目を移すと、バニラアイスが溶けだしていた。アイスから流れ落ちて、さくらんぼが、傾いた。
