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先の先で手元が見えず…

実は遠回りしてるのではないか…という話

学生時代、わたしは毎月一本ずつ、お気に入りの雑貨屋さんで、お気に入りのカトラリーを定期購入していました。定期購入とはいえ、通販のように毎月届くわけではなく、毎月小遣いを貰ったらお金が無くなる前に一番最初に買いに行って地味にコレクションしていた…ってだけなんだけれど、なんとなく?将来の家族の人数は「6人」と決めていて、ナイフとフォーク、スプーンを6本ずつになるまで通ったのです
いっぺんに買うこともできたんだろうけど、バイトをしていない当時のわたしに大人買いは無理だった。なぜならコミック本1冊より高かったし、それを使用するのはあくまでも「将来」で、時間もあったから

当時のわたしは、料理なんてまったくできなかったし、興味もなかった。お弁当くらいは作ったかもしれないけれど、今ほど楽しくなかったし、自分の仕事とも思っていなかった。だから自分の作ったお弁当より、高校の購買部の焼肉弁当の方がうまいと思っていた。人生って面白いよね~
あの頃のわたしが今のわたしを見たらびっくりするかもね。玉ねぎの微塵切りなんて「めんどくせぇ」と思っていたし、ミートソースなんか「いちからわざわざ作る人いんの?」「店で食やいいじゃん」と思っていた。当時、高校の最寄り駅の改札前に美味しいパスタ屋さんがあったから、そこのパスタが食べられれば幸せだった。平和だったなぁあの頃のわたし
単純だった。お金を出せば、それに伴うだけの美味しいものが手に入って、その間にある苦労とか汚い部分が見えなかったから、数学なみの簡潔さで、余暇とか隙間とか余計な気を遣わなくて済んだ

いつからだろう…この味が家で再現できたら最高⤴⤴って、何度も通って味を覚えたつもりで真似て、毎週微妙な味のきのこのスープスパゲティを大量に作っていたのは・・・・
わたしの家には年老いたば~さんがいたから、パスタとかグラタンとか、そういうおよそ若い女の子や子どもが好んで食べるような料理が食卓に上ることはなかった。唐揚げくらいはあったけれど、母親も戦後間もない貧乏農家の生まれだったし、東京で働いていた頃に感化されてこじらすこともできなかった真面目な長女だから、料理も冒険することはなく、地味な山菜料理と上から受け継がれた茶色い煮物が多かった。お弁当のおかずだって、わたしが食べたくてしょうがなかった冷凍食品が入っていたことはない。今思えばむしろ素晴らしいことだったけれど、デパ地下のフードコートに魅了され中途半端にこじらされたわたしにはそうは思えなかったのだ

仕事をするような年齢になって今度は、夫婦茶碗やら箸、揃いの小鉢、同じブランドのキッチンツールが定期購入できる通販カタログを始めた。この「毎月ちょっとずつ」という行為は、明らかに地味な母親の影響だったのだが、実際にそれらを使おうと思った時には必要性を否定され、すっかり夢を壊されたんですよね~
それらの食器は片方だけが壊れたり、実家において来たりして全部は揃っていないけれど、まだ手元にあるものもある。肉叩きは使わずに終わっちゃったけれど(しかも買った当初は肉叩きなんて存在すら知らなかったし)、その他のキッチンツールは未だ愛用品。一番使っているのは、ピーラーかな。ものすごく頑丈でかぼちゃの皮もキレイに扱えた
食器類やキッチンツールは、女である以上いつかはどこかで使うだろうと思っての行動でした。先のこと…というより、先の先のことを考えての行動だったけれど、結果料理が「好きになった」わたしに出会った

わたしが買った食器類は、購入してから数年または10年以上使われなかった。それどころかお気に入りのカトラリーは、実は未だ使われずに食器棚にしまわれていたりする。お気に入り過ぎて使い時を逃した感が半端ない
そういうことってよくある。食器に限らず、ちゃんと使うつもりで厳選してやっと手に入れたものなのに、大事過ぎて使えなくなってしまったという残念な結果は、未だに
そんなに先の先のことなんか考えなくてもよかったのに、いつも先の先の心配ばかりしてるから、すぐ目先のことが見えないのかもしれないなぁ…もう少し手前のことを考えられてたら、もっと無駄なく過ごせたのかなって思った。だけど、こればっかりは性格だからなぁ
こんなにもわたしは、いつも遠回りをして生きて来たんだろうか? ちゃんとたどり着くかも解らないところにいくつもの伏線飛ばして、おそらく回収できずに無駄になった場所もたくさんあるはず…まるで掛け捨ての保険みたいだ。これってやっぱり遠回りかなぁ・・・・





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たゆ・たうひと いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです