気持ちの変化
大嫌いだった人の夢を見た
いつもなら落ち込むか、モヤモヤするか、イラっとするところだけれど、今回はそうでもなかった
わたしは父方の祖母が大嫌いだった
だから夢を見るなんてちょっと複雑な気持ちにはなるけれど、彼女が亡くなってもう随分経つので嫌いだった当時ほどの激しい感情はもうない
亡くなってすぐ、我が家のソファに座っている夢を見たことがある
その時は怒りに任せて怒鳴った「なんで勝手に他人の家に入ってんだよ!」と。自分の怒鳴り声で目が覚めるくらいだったから、死人に対してなんという態度かとは思うけれど当時は仕方がなかったとしか言いようがない。とにかく嫌いだったから
でも。今思えば会いに来たのだと思う
祖母は生前、80を過ぎてからわたしの家に2度ほど来ている
車に揺られて3時間強。車酔いする彼女にとってそれは、相当な苦痛だったことだろうと思う。だが、家を建ててすぐのGWとその年のひ孫(わたしの子どもたち)の運動会と、2回も出掛けて来た。もちろんわたしは「来なくていいのに」と思っていたが、今となってはよかったと思っている
現役時代こそひとりで旅行三昧だった祖母だが、晩年はあまり外出をよしとしなかったため、結構な冒険だったのではないかと思う。でも、大好きなマクドナルドに連れて行ってやった時、彼女は少女のようにハンバーガーに噛り付いていて、これもある意味孝行か、と思ったことを憶えている
死ぬまで胃が丈夫だった彼女の好物は生の油揚げと天ぷらで、およそお年寄りが食べたがらない「ピザ」や「グラタン」「パスタ」などといったメニューが大好きだったのだ
2度目の時は家の中ではなく、庭から我が家を覗き込んでいる祖母の姿の夢だった
その時もわたしは「帰れ!」と怒鳴ったような気がする。それは1度目の夢から数年後だったかと記憶しているが、やっぱり「会いに来た」のだと思った
なぜそう思ったのかは忘れてしまったが、おそらくなにかやんごとなき事態が我が家のだれかに起こった時だったと思うので、もしかしたら父の入院が原因かもしれない
彼女がなくなってから3度目の今回は、懐かしい実家の風景だった
暫く夢に現れなかったし、ばーちゃんはもう我が家に来ることはないのだろうと思っていた。だから実家の夢を見たのかもしれない
祖母は実家の台所で慌ただしくしていて、わたしに「なにか野菜はないか」と尋ねて来た。なにか野菜があれば「みそ汁が作れる」のだと訴えるのだ
言われてわたしはすぐに、ガス代の上にある鍋の蓋を開けた。そして「あぁやっぱり」と思うのだった
祖母は家事全般がまったくできないひとではあったが、夕飯前、母が台所に立つ前に必ず、台所でじゃがいもを剥いた。それは味噌汁に入れるためのモノだった。彼女は生前、毎日なにかに憑りつかれたようにみそ汁用のじゃがいもを剥いては、小鍋に水を張ってじゃがいもを浸しておいた。みそ汁を作らない日だってあるのに、必ず毎日じゃがいもを剥いたのだ
しかもいつもそのじゃがいもは、とても小さくカットしてあった
なんてことない夢だった。けれどなんとなく、じゃがいもの入った鍋の様子が頭から離れなくて、その夜はわたしもじゃがいもを剥いた。しばらくじゃがいもの入ったみそ汁を食べていなかったから
ちなみにわたしは、味噌汁のじゃがいもはカレー同様に大きい方が好きだ
今になって思うと、ばーちゃんは味噌汁が食べたかったんだろうか?と推測する。が、ばーちゃんはわたしが大好きだったかきたま汁が嫌いで、食の好みがまったく違う。どんなみそ汁が飲みたかったんだろう?
わたしの中の祖母は脂っこいものが好きだったという記憶しかない
そういえば彼女、味噌汁は「お茶代わりだ」と言っていたかもしれない。そしてお茶は「薬だと思ってい飲んでいる」とも言っていた
そんな彼女がなぜ毎日のようにみそ汁の具であるじゃがいもを剥いていたのか、まぁ暇つぶしか母に対する皮肉のつもりだったのかもしれないが、好きなみそ汁なんてあったんだろうか
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