新しい記念が増えた日
出産はだれでも何度目でも初心者、という持論を持っている
経験として語れば初産が初めてで、ふたり目3人目は経験者ということにはなるが、個人に個性があるようにだれひとりとして同じ条件で産まれてくるわけでは無いし、それが初めてだろうとふたり目だろうとなにひとつ被ることはないからだ
そしてその経験を語ることは、母として我が子の最初の自慢話になるのじゃないだろうか
「この子のときは――」と語る母は皆、育児で困っていようが不眠で辛かろうがしあわせなんじゃないかと思うのだ
孫を語るとき「目に入れても痛くない」という表現をすることがあるが、果たして自分はどうだろうかと考えた
正直「コワイ」と思った
我が子ならなんでも出来たけれど、子育て経験があるからといって我が子と同じようにできるわけじゃない。当然同じ扱いもできない。だって孫といえども「ひとの子」だし、なによりあの頃の必死さもない
夢中になれないという意味ではない。ただやっぱり我が子とは違うし、我が物顔で子育てしていた自分にはなれないと思うのだ。そして我が子以上に孫には嫌われたくないと願う、から。だからジジババはいいとこ取りになるのかな、と。これも十人十色か
「安産祈願」で向こうの両親とご一緒した際、話のついでに既に孫がいるお嫁ちゃんのパパに「やっぱり孫は可愛いもんですか」「目の中に入れても痛くないんですよね?」と問いてみた。愚問である。でもパパは「孫も可愛いけど私は我が子がいちばん可愛いです」と答えたのだ
絶句
・・・・なんて言葉を心の中で呟かされるとは思いもよらなかった。すげぇ、やられた~って思った。確かに我が子がいちばん! まちがいないわ
そのときのわたしは「本当に良いご縁だな」と心底思った。元々お嫁ちゃんは場をわきまえた素直ないい子で「育ちがいいんだろうな」とは思っていたけれど、彼女のご両親なら息子のことも可愛がってくれると確信したのだった ⇐ 一応気にしてるのよ
ふふふ( *´艸`)
息子が父親になった
そしてわたしは祖母になる
・・・・わけだが、まったく実感がわかない
だが、息子が我が子を抱く姿にモヤっとしたものを感じた
もやっとっていうか「へぇ~」かな。溺愛っぷりが意外だったのだ
よくよく考えたら母子家庭を経ている我が家は、生まれる前から父親の愛情が乏しかった
最初の妊娠がわかったときに婦人科に連れて行ってもらったきりで、ふたり目のときも産科の通院その他はいつも妹とふたりだったな~と
妹の都合に合わせると通院は土曜日しか行けなかったから、午前中必至で、お昼はフランス料理のお店を予約していた。当時エスカルゴにハマっていて、出掛けられるときは必ず同じ店に足を運んだ
わたしの妹は無類のパン好きでランチに出るパンが目当て。その他ムースやらテリーヌやらという物珍しい前菜やメイン料理はほぼわたしが食べていた。懐かしいなぁ ⇐ もう一度行きたいお店だ。震災もあったし、まだやってるのかな
もうあの頃の値段ではやってないだろうなぁ・・・・ランチ3000円
そんなことより父性愛ね (;^ω^)
子どもたちの父親は職人気質で仕事優先の昭和を絵に書いたようなひとだった。なので嫁の病院に付き合うような性質のひとではなかったのだ。まぁ時代もあるし今ほど育メンもいなかった。けど、夫婦揃って入学式に出かけるくらいの風潮にはあった。いろんな理由で一緒に行かないお父さんもいるにはいるだろうけれど、当時のわたしは車の運転どころか車を持ってさえいなかった
運転ができないうえに嫁ぎ先は最寄り駅まで遠く、車で15分は要したと思う。通っていた産婦人科は隣の隣の市で、車で行っても40分はかかったにもかかわらず、自分が連れて行こうとは思わなかったんだろうなぁ。妹の都合が悪い時は、わたしの父に仕事を休んでもらっていたから
まあその方がわたしも気が楽だったけどね
そんなこんなで生まれたあとも、旦那側の親や身内は実家に見舞いに来ることもなかったな。町内なのに笑
みんな仕事が忙しいから ⇐ 家系か?
そんなところに帰りたくなかったから、息子が生まれたときは半年も実家に居座っていた。それから2年ほどで離婚したから、息子は父親の存在は知っていても対話の経験がない。幼い頃の息子にとっての父親はみんな「だれかのお父さん」でしかなかった。だから余計に、お嫁ちゃんのご両親がどんなひとなのか気になっていた
今の旦那と結婚したのは息子が4年生の時。人見知りの旦那と、恥ずかしがり屋さんの息子では歩み寄りが難しかったのか、望んで家族になったはずなのに本人の期待をよそにずっとよそよそしいままだった
だから早くに家庭を持ちたかったんだと思う。我が子を前に「めっちゃかわいい」を連発していた。そんな息子の姿がわたしも可愛い。我が子は成人しようがおっさんになろうが「可愛い」以外のなにものでもないのだ
(*´ω`*)ヨカッタネ
本当に良かった
息子もお嫁ちゃんも仕事柄お休みは平日。今までも月に1、2度休みを合わせてはいたけれど、彼女の妊娠を知ってからはお嫁ちゃんファーストで、きっちり休みを合わせて通院にもつきあっていた。実家がちょっと離れているけれど、お里帰りしてから休みの日は出産予定の産院で両親学級にも通っていた
お嫁ちゃんはそんなにつわりはひどくなかったけれど、なにかあるたびに息子から「おかあさんはどうだった?」「こんなときどうしてた?」と都度LINEで意見を求められた
立ち合いをすると決めていて、職場にも「もしもの時は」としっかりと連携を取ってもらい準備していた。そういう努力って実るものかな。息子のベビは息子が休みで動ける日に誕生した
立ち会いに入ってから5時間、腕がパンパンになるほど腰をさすったりテニスボールをおしりに当てたりしていたらしい
「テニスボールわざわざ買ったの?」と尋ねたら、今は病院に用意してあって、看護師さんが「ココ」と指示をしてくれるのだそうな。面白いなぁ
病室におっぱい枕が置いてあるのも新鮮だった
病院に向かう息子に「何時でもいいから電話しな」と言っていたのに、気を遣ったのか時間を見計らって電話をかけて来た。あの時の弾んだ声がたまらなく愛しいと思った
「お母さん、めっちゃ可愛い」
「俺の息子、めっちゃかわいいよ」
よかったねー
本当に本当におめでとう
そうしてわたしの人生のカレンダーに、新しい記念日が加わったのでした
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いつもお読みいただきありがとうございます
とにかく今は、やり遂げることを目標にしています
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