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子育てに倣う:巣立ち

この春から息子がひとり暮らしを始めた
一緒にいる頃からまめにLINEはしてましたが、最近は時々、自分で作った料理を送ってくれます
でもなぜか、いつも失敗作を送ってくる。アルバムにはもっと美味しそうな画像がたくさんあるのに…? なんでだろ(¯―¯٥)?

ニラ玉
鶏肉となすの炒め物

でもまぁ、なかなか美味しそうです

このごろは「鶏ハムの作り方教えて」とか、食材の「保存方法」なんかの質問もあり、母としてはなんだか楽しいです

今住んでいるところは、もろもろの事情から、若干通勤に不便なことがあり、遅番からの翌日早番の時はうちから通うことにしています。それも一時的なもので、そう長くは続かないのでしょうけれど・・・・
なので、今はさほどロスを感じることなく済んでいます(いい加減子離れしろって話ですが、徐々にね…)

が、

やはり寂しいことも少しずつ目に見えて…いえ、鼻についてきました

お昼は市販のお弁当を買っているようなので「栄養面はどうなのかなぁ」と心配したり「ちゃんと食べているのかなぁ」とか「面倒くさがって抜いたりしてないかなぁ」なんて・・・・それは承知の上でしたが、よくよく考えてみたら今までだって、わたしが管理していたわけでもないし、わたしが居ようが食べない時は食べないので、心配すること自体がおかしな話なのです
急にこれまでの生活を正当化するのは、ちょっした「奢り」だなと反省ヾ(__。)

でも、

あぁ、もううちの子ではないのかいや我が子に変わりはない案件が・・・・

いちばんは『洗濯物』の香りが違うってこと( ´;ω;` )
あぁ、やっぱり「もう違う生活をしてるんだ」って、感じます。こんな日が来るのは解っていたし、意外と楽しくやっているようで頼もしさに喜びを感じてもいます。が反面、こうやって巣立っていくんだなぁとじわじわと身に染みているところです

友だちも彼女もいるし、母親からしょっちゅうLINEや電話が来たのでは申し訳ない恥ずかしいかとも思い、やたらと連絡をしないようにしていたら「別にいいのに」と言ってくれた。「お母さんの心配は病気だから」とも
だって、あなたを心配できるのは、母であるわたしの特権だから・・・・うざいと思っても「心配させてほしい」といつも言っている。それは信用していないとか、彼らを疑っているというわけではない。それは息子も解っているから、いつも笑って「また始まった」という

解っているんだよ。自分だって同じ年頃の頃は、親のことなんて頭の隅にもなくて、好き勝手やっていたし、なんだったら親なんかどうでもいいと思ってた時期もあった。でもわたしは、彼のように頼もしく自分の足では歩いていなかったから、なんだかやっぱり気になってしまうんだ

子どもだけど、もう大人。当たり前に意見の交換もできれば、こちらが助言を受けることもある
大人だけど、わたしの子。いくつになっても、どこにいても、心穏やかに過ごせることを切に願う。もしかしたら逆に心配をかけているかもしれないね

わたしも、大人にならないと・・・・

いや大人だけど、ね。我が子を思う気持ちは、宝物を大事に隠すような子どもの気持ちと同じなんだよ
わたしだけかもしれないけれどね。もう少し年齢を重ねたら、もう少しわたしの気持ちも変わるのかな

あぁ、大きくなりやがって・・・・
あんまり急いで大人になるなよ
なんだよ、しっかりしてんじゃん・・・・
だけど、わたしがいなくても平気になれ



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たゆ・たうひと いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです