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マッカートニー

"孤高の天才"とネットで調べると、かつて広島東洋カープに在籍し、プロ通算2,119本の安打を放ち、あのイチローが天才と評した男としても有名な前田智徳の記事が多く出てくる。俺はプロ野球が好きだし前田智徳の事も勿論知っているし凄い選手だったのだろうが、俺は前田智徳の事を"孤高の天才"だとは思っていない。俺が"孤高の天才"だと思っている人物はこの世に1人しかいない。その人物は俺が大学生の時に同じ大学に通っていた三沢靖という男で、三沢は何故か周りから「マッカートニー」というあだ名で呼ばれていた。

三沢と初めて出会った時の事を強烈に覚えている。大学に入学して2ヶ月くらい経ってだんだん友達などができてきた頃。俺は佐伯という同じ学科で身長が190cmくらいある奴の家に行って遊ぶことになった。佐伯は中学生の頃からドラムをやっていて、家に電子ドラムがあった。佐伯の家には、俺ともう1人後藤というこれまた同じ学科で少し太った天パの奴と2人で行って佐伯の家で近所のスーパーで沢山買ってきた寿司や唐揚げとかお菓子とかをツマミながら男3人とCPU1体でWiiのマリオパーティとかスマブラとかしていたんだけど、2時間くらい経った時に佐伯が「実はもう1人来ることになってるんだ」と急に話をしてきて、なんだよそんなんだったら早く言ってくれよ、と思っていた矢先にドアがガチャっと開いて現れたのが「マッカートニー」こと三沢だった。

三沢はやって来て開口一番「あー!うんこしてーからトイレ借りるぞい!」と言って佐伯の家のトイレへ駆け込んでいった。俺はまだロクに三沢の顔を見ていないので、今、一体何が起きたんだという戸惑いの顔のまましばらく固まってしまった。うんこしたいからトイレに行くのはまだ分かった。うんこがしたいんだもんな。ピンチになったら誰だってそうするだろう。ただうんこと同じくらい気になったのは「トイレ借りるぞい!」という語尾の「ぞい!」の部分だった。今後コイツの会話の語尾に全部「ぞい!」がついてきたらどうしようと思った。

三沢はトイレから出てきて「差し入れだ」と言ってスーパーのサーモンしか入ってない寿司を渡してきた。「いや、寿司もう買ってきてるから」と佐伯が言うと三沢は「よく見てみろ!半額のシールが着いている!半額だぞ!半額がどう意味しているか分からないのか?なかなか買えないだろこの値段でこの量のサーモン!」ともの凄い熱量で喋ってきた。俺はよく一語も噛まずに喋れるなと関心した一方で語尾に「ぞい!」をつけて喋らない事に対してホッとしていた。

三沢が半額寿司について熱弁を奮った後、ようやく俺に気づいた。後藤も三沢とは会ったことが何度もあるみたいで、初対面だったのは俺だけだった。佐伯が俺に「紹介するよ、コイツは三沢で学部は違うんだけど同じ軽音楽サークルに入っているんだ」と言った。俺は「よろしく」と言うと三沢は「マッカートニーって呼ばれてるからそう呼んでな!」と少年漫画の主人公みたいなテンションで言ってきた。俺は「なんでマッカートニーなの?ビートルズ好きなの?俺好きだけど」と言うと三沢は「なんでマッカートニーと呼ばれてるかは分からん!ビートルズも知らん!でもマッカートニーというあだ名は気に入ってる!」という3段活用をお見舞いしてきた。軽音楽サークルなのにビートルズ知らないのかと三沢にかなりガッカリした。

その後は三沢を加えた4人でWiiのマリオカートをやり始めた。三沢は「初めてやるわ~Wiiのマリオカートは~」と言いながらずっと1位を獲り続けていた。マリオカートをやりながら三沢がどんな奴なのか知りたくなったので色々聞いてみた。

俺「高校の時の部活は?」
マッカートニー「フィールドホッケー部!」
俺「フィールドホッケー?」
マッカートニー「ポジションはみんな大好きスイーパーだ!」

俺「趣味は?」
マッカートニー「綺麗な石を集める事だな!」
俺「い、石?」
マッカートニー「多摩川の河川敷とかでな!」

俺「バイトは何してる?」
マッカートニー「ピッツァ屋のデリバリー!」
俺「どのピザ屋?」
マッカートニー「ピザじゃなくてピッツァだ!」

俺「将来の夢とかあるの?」
マッカートニー「んー、偉くなりたい!」
俺「それって、社長とか?」
マッカートニー「総理大臣でもいいな!」

いくつか質問したところで、なんかどれも会話が続かない事に気づいた。なんか石を集めるだとか総理大臣なりたいだとか、コイツなりのボケなのかなという答えもあったし、やっぱりだいぶ変わっている奴だなと思った。

気づいたら24時を過ぎていた。全員、佐伯と歩いて15分くらいの距離にアパートがあったので俺も後藤も三沢もそのまま佐伯の家にいた。一番最初に「もうそろそろ帰るわ!」と言ったのは三沢だった。三沢は荷物を持って「ばいちゃー!」とだけ言って、来た時と同じくらいの勢いで帰って行った。
三沢が帰ったらすぐ俺は佐伯とか後藤に「なあ、三沢って普段からあんな奴なのか?」と聞くと三沢も後藤も「そうだな」「通常運転だね」と言ってきた。俺は正直三沢の事をマッカートニーと呼べていない時点で、友達にはなれそうにないなと思った。だが佐伯も後藤も三沢には一目おいているような感じだった。

「マッカートニーはああ見えて相当頭が良くで、IQが130くらいあるんじゃないかって噂だから。普通に良い奴だよ」
「マッカートニーは天才だよ。一緒にいるとなんか新しい世界を見せてくれるから。アイツといると何か面白い事が起きる気がするんだ」
と2人とも三沢を褒めちぎった。俺はあまりよく分からなかった。だってピザだろうがピッツァだろうが、どっちでもよくないか?

ただ俺はその後も学部は違うが、佐伯、後藤、三沢の3人と遊んだ。バーベキューしたり温泉行ったり鳥貴族に飲みに行ったり。それでも三沢の事はずっと"グループの中に1人いる変な奴"という感じで付き合った。だが佐伯と後藤の三沢に対する評価というのはずっと変わらなかった。「マッカートニーは天才だな」「マッカートニーは最高だよ」などと三沢を褒めていた。三沢を天才と言うのは佐伯や後藤だけでなく、他の大学の同級生もみんな「マッカートニーは凄いやつ、天才だ」だと言っていた。俺は三沢が特に何か勉強やスポーツとかで実績を残したりしていなかったのでそこまで思っていなかったが、みんなが天才天才言うもんなので「もしかしたら天才とは三沢みたいな奴の事を言うのか?」と思うようになり、俺はその日から三沢の事をマッカートニーと呼ぶようになり、天才だと信じて付き合った。確かに考え方だとかが他の同級生とは違くて抜きん出ているような感じに見えてきた。俺は三沢、いやマッカートニーが「孤高の天才」だと思うようになった。「孤高」も「天才」の定義もあやふやだけど。そして俺はマッカートニーと自分を比較して自分は個性が無く普通の奴なんだとガッカリした。

俺と佐伯と後藤とマッカートニーの4人の仲の良い関係は結局大学を卒業するまで続いた。俺は地方公務員、佐伯は大手メーカー、後藤は警備会社へそれぞれ内定が決まっていたが、マッカートニーの進路は俺たちが何度聞いても答えてくれなかった。

大学を卒業する前、鳥貴族で4人で飲みに行った時にマッカートニーは佐伯の事をスター、後藤の事をハリスン、俺の事をレノンと急に呼び始めた。俺たちは困惑した。「なんでそんな名前で呼ぶんだ?」と佐伯が言うとマッカートニーは歌い出した。

「Come Together! Right now,Over me!」

嫌な予感がした。