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トランスウィドウ日記17 共犯

家庭内別居が始まってから、元夫と出かける事はなくなった。小さなスーパーなら頑張れば歩いて行ける距離にあるし、コロナ禍が長引くにつれて業種問わずに宅配サービスに力をいれる会社も増えたので、日常生活で困ることは少なくなった。

なにより、一緒にスーパーに行けば買い物袋を運ぶときに「女になったから筋肉が少なくなって力が出ない」と永遠に言われる。ホルモン治療開始からほんの数ヶ月で、成人男性がそんな状態になるはずがないのだが。認知症になった人と一緒に暮らしたらこんな風なのかと思いながら聞き流していたが、どうしてもイライラする事実は変わらなかった。

一度だけ、一緒にショッピングモールに行ったことがある。私は彼にトイレに行ってくると言うと自分も用を足したいとついてきて、当たり前のように女子トイレの列に一緒に並び始めた。休日のショッピングモールは混み合っていて、もちろんその中には家族連れもいる。

ここで私が男子トイレに行かないの、とでも言って誰かに聞かれでもしたら混乱を招く。私は周囲の目を気にして、結局彼に何も言えなかった。ほぼ同時に彼とトイレから出ると、外で列に並んでいた親子の母親が彼の顔をまじまじと見ていることに気がついた。あの表情だと、彼の姿に何か違和感を覚えたようだ。こちらでも180cmちかい女性はなかなかいない。いくら細身の男性でも、背格好は女性より全然大きい。

当の本人はその視線に気付いていないようだったが、私はふと、女の私が彼と一緒にいるせいで周囲の女性を一緒に騙しているのではないかと考えた。彼を男性ではないかと疑いながらも、私と一緒にいるからそうではないと思わせていたら?彼が1人だったら警備員を呼んでいたのでは?私はこのとき初めて、トランス女性と一緒にいることによる周囲への影響を自覚した。

その場で真実を知っているのは私だけだった。今まで苦しんでいるのは自分だけだと思っていたが、女性のためのスペースで彼と行動を共にすることで、周りの女性たちにあらぬ不安を抱かせてしまっている。だとすれば、私は彼の協力者、いや、共犯者だ。

私は元夫に頼まれて一緒に女子トイレに行った訳ではない。しかし、平然とついてくる様子に私は驚いた。彼はホルモン治療開始後、女性に生まれ変わったと本気で思っていた。アンパンマンの顔を交換するように、新品の体を手に入れたのだと。実際は薬物で男性ホルモンの生成を抑えているだけなのだが、「躁」状態の人間に現実など分かるはずがない。本人としては女になったのだから、女子トイレを使うことが当然なのだろう。

彼は女の私と一緒だから女子トイレに入ったのでは。そうも考えている。なぜなら私はカムアウト直後に彼から、職場では多目的トイレを使っていると直接聞いていたからだ。小心者の彼なら十分にあり得る。彼はずっと父親の虎の威を借りてきた狐だった。その狐が今度は女という威を手に入れた訳だが、もし他の女性に男だと疑われたら、おそらく彼はその場で反論しないだろう。

彼の性別は周囲からの評価という条件つきでしか成り立っておらず、その条件をリスクに晒すような行動をとれる人間ではない。利用されたと思うと、それはそれは腹が立った。女子トイレに入るのは女性だからであって、女性として自覚するためではない。

元夫はずっと「別れても友達でいたい」と私に言っていた。私を脅しておいて、ずいぶんと都合の良いことを言うと思っていた。よく考えると、彼には女性のリア友がいなかった。上司が同じ会社のトランス女性を紹介してくれて友達になったとは聞いていたが、それ以外の「女友達」の話は聞いたことがない。私がいなくなれば、女として参考にする人がいなくなってしまう。

一方で私は彼の女らしさを演出するにあたって、邪魔な存在でしかなかった。彼は男性と付き合い始めて「女としての自認」が強まっていくのと同時に、私と一緒にいると自分が男である、男であったことを実感してしまうと気づいたのだろう。男性として結婚し、夫としての役割は彼にとって苦痛だった。身体的にもそうだ。私と並べば当然、私の方が小柄で、声も高い。

便利だけど目障り、そんなところだろう。しかし、私にとって彼もそんな存在だった。お互いの利益のために一緒にいる。だからこそ、私は実際に離婚するまで、トランスジェンダリズムに対する不信感を抱いても、誰かに言う事はなかった。

元夫が私の前で平然と彼氏の話をしても、私は黙っていた。慰謝料代わりとはいえ、彼にビザのために協力してもらっているという後ろめたさももちろんあったが、なにより世間はトランスジェンダーの味方だと知っていた。何を言っても無駄だと思っていた。

今でも女性の権利と引き換えに成り立っているトランスジェンダーたちの「自分らしさ」を表立って非難する人は、ヘイターのレッテルを貼られる。私にとって女性の安全と尊厳を脅かし、女性の定義の細工を前提として成り立っているトランスジェンダリズムを支持する人々は、トランスジェンダリズムを利用して利益だけを追い求める権力との共犯者だ。

のちに私は多くのトランスウィドウたちがパートナーの性別肯定のために犠牲になっていると知る。代表的な例は以前の記事で少し触れたGender Recognition Certificateだ。

(次の記事に続く↓)


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