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R.I.P. Ralph Towner ─《和声の再定義:ラルフタウナーが示したギター構造のアップデート》


 序章:ピアノの魂を宿した革新のギタリスト

かつて企画された『ギター好きが選ぶ「歴史上最も偉大なギタリスト」ランキング100』において第67位に選出された、クラシックギターを使用するジャズギタリストの最高峰、ラルフタウナー。1940年アメリカ、ワシントン州生まれ。ビル エヴァンス研究家としても知られる通り、斬新なハーモニーを駆使し、アコギジャズ(クラシックギター使用だがあえてこう呼ぶ)の新時代を切り開いたECMレーベルを代表する名手。

Ralph Towner(1940年3月1日 - 2026年1月18日)

ギタリストとして世界的な名声を博す一方で、彼は一流のピアニストとしての顔も持つ。ギターを手にしたのは大学最終年の22歳という異例の遅さであったが、この経歴こそが最大の武器となった。ピアニストとしての論理的思考に基づいた独創的なギタートランススクリプション(編曲)こそが彼の最大の個性であり、既存のギターの語法に縛られることなく、鍵盤楽器の持つ多層的な和声構造をそのまま指板の上へと定着させた最大の功労者の一人。

生前「あなたの音楽はクラシックですか?ジャズですか?」との問いに、彼はこう答えた。

私の音楽はジャズだ

by Ralph Towner
かつてGSPからソロギター譜も出版された





運命の交差点:ポールウィンターから「オレゴン」結成へ

彼のキャリアを語る上で欠かせないのが、1970年代初頭のポールウィンター コンソート時代だ。後に伝説的グループ「オレゴン」を共に結成するコリンウォルコット、グレンムーア、ポールマッキャンドレスらが集ったこのグループで、タウナーはジャンルの境界を超えた音楽性を育んだ。ポール ウィンターというリーダーのもとで、クラシックやフォーク、ワールドミュージックを融合させる実験を繰り返した日々が、タウナー独自の「ジャンル不能なスタイル」を育む土壌となった。

この時期に生まれたタウナー作曲による至高の金字塔「Icarus」(1972年発表の同名アルバム収録)は、アポロ15号の乗組員によって月面へ持参され、人類史上初めて月で流されたギター ミュージックとなった。また、管楽器と対等に渡り合うためにナイロン弦と12弦ギターの使い分けを確立したのもこの頃である。

オレゴン結成の最大の逸話は、ツアー中の「深夜の秘密セッション」にある。リーダーが寝静まった後、4人はホテルの部屋や劇場の裏側に集まり、楽譜も制約もない「自分たちだけの音楽」を奏で始めた。大音量の電化ジャズやロックが全盛だった時代、彼らは生楽器のダイナミクスだけでロックにも負けないエネルギーを生み出し、「世界で最も静かなロックバンド」と評された。最初の一音から完全に即興で30分以上の組曲を作り上げるそのステージは、単なるフリージャズではなく、全員が作曲家の耳を持って緻密なアンサンブルを構築する、真に知的な作業であった。




ソロ プロジェクトの変遷:三つの深化

いわゆるアコギジャズの(クラシックギターでジャズを弾く)先駆者といえば、チャーリーバードやアールクルーといった先人がまず挙げられる。タウナーは彼らによって開拓された「アコギジャズ」という領域を、さらに深く、理論的な別次元へと昇華させる革命を起こした。モダンジャズ時代のバップ的語法でアーティストの度量を測る、懐古趣味の保守的ジャズ評論家の価値観やモノサシは通用しない。タウナーのプレイには、巨匠たちが作ったパターン練習帳を模範にする焼き増したアドリブまがいのソロは皆無に等しいからだ。クラシックギタースタイルならではの開放弦を多用し、それをアドリブとして独自にパターン化する唯一無二の手法。約束事のない即興演奏に漂うピリピリとした緊張感、これこそが「純粋なジャズ」の本質ではないだろうか。

彼の作品群は、大きく分けて三つの演奏スタイルで深化を遂げてきた。

  • 1. アンサンブル作品(ロック〜プログレファンにもおすすめ) ECMらしい空間美と、生楽器のダイナミクスで構築された強固なアンサンブルが光るスタイル。ヤンガルバレクらとの『Solstice』『Solstice/Sound And Shadows』を筆頭に、トリオ編成の『Batik』や『Lost And Found』、『Old Friends, New Friends』といった作品群では、彼のピアニスティックな作編曲能力が最大限に発揮されていると共に、ロックの持つ推進力やエネルギーに共鳴するリスナーにも響くだろう。


  • 2. デュオ作品(オーソドックスな王道ジャズファンにおすすめ) 対等な個性が火花を散らす、対話の美学。ジョン アバークロンビーとの『Sargasso Sea』『Five Years Later』、ゲイリー バートンとの『Matchbook』『Slide Show』、ゲイリー ピーコックとの『Oracle』『A Closer View』、パオロ フレスとの『Chiaroscuro』、そしてヤン ガルバレクとの静謐な対話『Dis』。これらは対位法的な緊張感と対話に満ちており、インタープレイを好むオーソドックスなバップファンにもおすすめできるラインナップだ。


  • 3. ソロギター作品(クラシック〜ソロギターファンにおすすめ) 彼の本質が最も純粋に抽出されたスタイル。代表的名盤『Ana』から『Anthem』『Time Line』『Solo Concert』、ビルエヴァンスへの敬愛が滲む『My Foolish Heart』や名曲「Waltz For Debby」収録の『Open Letter』。そして遺作となった『At First Light』。ギター1本で描き出せる表現の極北を求める、すべてのソロギターファンに捧げるべき到達点だ。




終章:伝統の継承と、制約からの解放

かつてチェットアトキンスが、ジャズやクラシックの名曲をギター1本で奏でて、ギターをポピュラー楽器として世界に広めたように。今やジャズの世界のみならず、多くのクラシックギター奏者がタウナーの楽曲をレパートリーに加えるようになった。

ある意味において、ラルフタウナーはジャズとクラシックの垣根をなくし、その強固な架け橋となった稀有なギタリストでもある。それは単にクラシックギターを使用してるだけではなく、両ジャンルの語法を独自の次元で融合させ、双方が共鳴する独自の音楽性を確立した点にある。ギタリストとして伝統を等しく継承しながらも、その様式美という名の制約から楽器を鮮やかに解放した。ジャンルの枠組みを塗り替え、ギターという楽器の可能性を無限に広げたその功績が、これからも純粋な音楽としての調和を提示し続けることを願ってやまない。

改めてご冥福をお祈りします。

R.I.P. Ralph Towner


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