高齢化社会に本当に必要なものは、ワークシェアだーー「長生きするのが不安だ」という言葉を、この歳になってよく聞くようになった。
おかしな話だ、と思う。長生きは、本来おめでたいことのはずだ。医療が発達して、栄養状態が良くなって、平均寿命が延びた。
それ自体は人類の進歩だ。
なのに
「長生きが不安」になっている。
不安の正体は、お金だ。
年金だけでは足りない。
貯金を切り崩しながら生きていくしかない。
でも何年生きるかわからない。
もし100歳まで生きたら、お金は持つのか。
その計算が怖くて、長生きを喜べなくなっている。
「長生きが不安」になった社会は、
どこかで設計を間違えている。
今、社会では二つの大きな波が
同時に押し寄せている。
一つは、
AI+ヒューマノイドの台頭だ。
工場の製造ラインは、すでに相当な部分が自動化されている。
これからはホワイトカラーの仕事も、AIが代替していく。
経理、法務、医療診断、翻訳、カスタマーサポート。
「この仕事だけは人間にしかできない」と思っていた領域に、
AIが静かに、しかし確実に入り込んでいる。
ヒューマノイドロボットは、肉体労働の領域まで侵食し始めた。
介護、清掃、配達、接客。人間の手が必要だった場所に、
人型ロボットが立つ日が近づいている。
もう一つの波は、
大手企業の人員整理だ。
少子化による市場縮小、業績悪化、デジタル化による業務削減。
これらが重なって、
これから大規模なリストラが各業界で避けられなくなる。
40代・50代のベテラン社員が、
突然「戦力外」として放り出される時代が来る。
「まだ働ける、でも職がない」という人が、
大量に生まれる。
この二つの波が重なったとき、
社会に何が起きるか。
働ける人間が余り、仕事が足りなくなる。
一方で、老後の不安を抱えた高齢者が増え続ける。
この矛盾を放置したまま、
「頑張れ」と言い続けるだけでは、
何も解決しない。
田所さん(67歳)は、
定年後も週に三日だけ、
かつての職場の後輩に技術指導をしている。
正式な雇用ではない。
謝礼程度の報酬をもらいながら、
自分の経験と知識を必要としている人に渡している。
「フルタイムで働くのはもう体がついていかないけど、
週三日なら全然平気。
むしろ張り合いがある」と田所さんは言う。
これが、ワークシェアの本質だ。
一人の若者がフルタイムでこなしていた仕事を、
経験豊富な高齢者が週三日で担い、残りを別の誰かが補う。
仕事を「独占」するのではなく、「分け合う」。
全員が少しずつ働き、全員が少しずつ収入を得る。
そうすれば何が変わるか。
高齢者は、年金だけに頼らなくていい。
少しの収入が、老後の不安を大きく和らげる。
若い世代は、一人で過重な労働を抱え込まなくていい。
企業は、経験豊富な人材を安定的に活用できる。
社会全体が、無理のない速度で動いていける。
ワークシェアは、
高齢者を「お荷物」から「担い手」に変える、
最もシンプルな仕組みだ。
松本さん(69歳)は、
ワークシェアについてこう言う。
「今の社会は『完全に働く』か『完全に引退する』かの二択しかない。
でも人間の能力って、そんなに急に消えるわけじゃない。
ゆっくり、緩やかに変化していく。
その変化に合わせて働き方を調整できる仕組みが、
なぜないんだろう。」
正論だと思う。
60歳で定年、その翌日から「社会の外側」に出る。
そんな断崖絶壁のような制度設計が、今も続いている。
体力も、判断力も、人間関係も、急には変わらないのに、
制度だけが一夜にして変わる。
それが「老後の喪失感」を生む
大きな原因の一つだ。
段階的な引退、というモデルが必要だ。
60歳でフルタイムから週四日に。
65歳で週三日に。
70歳で週一日か二日に。
それぞれのペースで、それぞれの貢献を続けながら、
ゆっくりと社会との接点を調整していく。
これは高齢者のためだけではない。
AIに仕事を奪われた中高年にとっても、同じ発想が必要だ。
「職を失った」のではなく、
「働き方を変える時期が来た」と捉え直すための受け皿として、
ワークシェアの概念が機能する。
「でも、そんなに都合よくいくのか」
という声もある。
企業側から見れば、管理が複雑になる。
短時間勤務の人材を複数抱えることは、
フルタイム一人を雇うより手間がかかる場合もある。
でも、逆の見方もできる。
経験40年のベテランが週三日来てくれる価値は、
新卒のフルタイムより高い場合も多い。
判断が速く、失敗が少なく、後輩を育てる力もある。
時間は短くても、密度が違う。
AIが「正確さ」を担う時代には、
人間には「判断力」と「経験則」と「人間関係」が求められる。
それは若さではなく、年数が積み上げるものだ。
橋本さん(71歳)が以前勤めていた会社では、
OB社員を「週二日顧問」として迎える制度を始めたという。
最初は「コスト増になるのでは」と心配する声もあったが、
実際には若手社員のミスが減り、プロジェクトの完成度が上がった。
「経験の密度が、時間の短さを補って余りある」という評価だったそうだ。
人間の価値は、時間の長さではなく、
経験の深さで測るべきだ。
では、何から始めればいいか。
まず、
「65歳で引退が当たり前」という思い込みを、
社会全体で疑い直すことだ。
年齢で一律に線を引くのではなく、
個人の体力・意欲・能力に応じて柔軟に働ける制度を、
企業と行政が協力して整備する。
次に、「少ししか働けない」を「少しだけ働く」に言い換える
文化を作ることだ。
週五日が当たり前の社会では、週二日の人間は「不完全」に見える。
でも週二日でも、その人が持っている経験と知識は完全だ。
貢献の単位を「時間」から「価値」に変えることが、
ワークシェアを機能させる鍵だ。
そして、
高齢者自身が「働くことへの遠慮」を手放すことだ。
「もう歳だから」「若い人の邪魔をしてはいけない」という遠慮が、
実は高齢者を社会から遠ざける壁になっている。
自分の経験は、誰かの役に立てる。
その確信を持って、社会に関わり続けることが、
老後の不安を払拭する最も根本的な答えだ。
高齢者が積極的に生を全うする社会は、
若者にとっても希望のある社会だ。
年を重ねることが「衰退」ではなく「深化」に見える社会を、
制度と文化の両面から作っていく。
それが今、最も急がれる課題だと思っている。
高齢者が将来のお荷物になるのではなく、
社会の担い手であり続けるために。
今こそ、ワークシェアという選択肢を本気で議論する時だ。
「ことばの灯台|物語舎」は、
高齢者が経験と言葉で社会に貢献し続けるための、
一つの場所でありたいと思っています。
あなたの40年が、誰かの力になる。
