【第3話】目から火花がでた話
目から火花が出た
比喩じゃない
本当に出た
荷物が崩れてヘルメットごと頭を直撃した瞬間
私の視界には確かに火花が散った
「目から火花ってこれのことか」
妙に冷静にそう思った次の瞬間
意識がぐにゃりと溶けて
気づいたら床に倒れてました
「目からウロコ」だったら
どんなに嬉しかった事か
病院でCT検査を受けた
結果は異常なし
小心者の弱虫はホッとした
本当に
心から
ホッとした
しかしここからが間違いの始まりだった
CT検査室の前の廊下で
痛みに耐えながら座っていると
通りかかった医師に声をかけられ
こう言われました
「首の向きが気になりますね
後日
首の検査も受けてみてください」
言われた通りに受診したら
そのまま入院する事になってしまった
頸椎の椎間板が
衝撃で潰れて飛び出して
左側の首
腕
背中が痛いし
痺れるし
動けないし
トイレの間隔も30分も持たなくなってきた
そこへ会社の部長が労災の書類を持ってきた
サインと印鑑を求めながら
こう言った
「いつまで入院するんや
こっちは忙しいんやぞ」
イライラしながら
その後
医師からこのままだと
半身不随になる可能性がある
と言われ怖くなって
早急に医療センターへ転院することになった
転院後
その部長が来ることは二度となかった
それはそれでよかった
ここで少し話を遡らせてほしいのですが
31歳の時引き込もり真っ只中の小心者の弱虫に
父親が「お金を出すから
大型免許を取りに行ってこい」と
何を思ったのか突然言ったんです
えっ!?この小心者の弱虫に大型免許?
父よ
あなた何を言ってるのか理解出来てますか?
ただいま絶賛引き込もり中の小心者の弱虫の娘に
何を言ってるのかわかっているんですよね?
まぁ お金出してくれるんだから行っておこうか
みたいな軽い気持ちで教習所へ行き出しました
無事に免許取得した小心者の弱虫の娘に
何と今度は
「免許取ったんだから大型トラックに乗らないのか?」と
まったくめちゃくちゃな事を言い出したんです
免許がある事と運転する事は別物ですよね?
でも雇ってくれた会社が
なんとすぐ近所にあったんですよ!
これまたびっくり!でした
この頃は女性ドライバーが
ほとんどいない頃だったのですが
小心者の弱虫は大型トラックの
長距離運転手になり
気づけばなんだかんだと10年以上たってました
運転手としての経験年数はある
だいたい道もわかる
けれどそろそろ体力が落ちて来てるし
中距離に変わろうかと考えていた頃に
この会社の求人に目が止まったんです
しかしこの会社がどんな荷物を運んでいて
リフトを使って積むのか手で積むのか
まったくわからない
なのに私がこの会社で
なぜトラックの運転手をしてたかというと
面接のとき
私は正直に言った
「大型トラックの手積みは
女の私には難しいのですが…」と
すると担当者はこう言った
「他の会社でも女性がやってますから
大丈夫ですよ
どうしても動かせない荷物は手伝いますから」
信じた 思いっきり信じた
入社して実際に荷物を見たとき
かなり不安になったけど
変な強がりのプライドが出て来て
意地でやり続けた
冷蔵庫
100kg近くある用途不明な木材の束
家具
10トントラック満載に積んだ
他の会社の女性は完全お手伝い付きの4トン車
そりゃできるさ
お手伝いさん付きなら誰でもできるさ
そして作業スペースはものすごく狭い
細身の小心者の弱虫でも
びっくりするくらい狭かった
荷物が一気に運ばれてきたら
当然各自で積まないといけないから
手伝ってもらえる余裕なんてどこにもない
4トン車に乗っていた男性社員が
体力的にきついと言って
何人か辞めていったくらいの
なかなかきつい仕事だった
4トン車の男が辛いんだから
10トン車に荷物を積んでた
女の私はどれだけ辛かったか
あの時の小心者の弱虫は本当によく頑張った
9時から24時まで毎日よく頑張った
自分で言う
小心者の弱虫本当によく頑張ったね
ちなみにこの人手不足
今も続いている
2024年4月からトラックドライバーの残業時間に上限規制がかかって
「モノが運べなくなる」と騒がれた
あの2024年問題だ
あの頃から人が足りなかった業界が
今も人が足りないまま走り続けている
ある意味
私は時代の最先端を行ってたのかもしれない
全然うれしくないけど
さて 話は元に戻してと…
手術は成功した
でも頸椎カラー生活が始まった
知ってる人は知ってると思うけど
YOSHIKIが同じ頃に手術を受けて
首にごっつい頸椎カラーを
つけていたことがある
あれだ
あの状態で半年以上過ごした
YOSHIKIと色違いのお揃いで過ごした
首が固定されてるから
車の運転もできない
左半身の痺れと痛みで
日常生活にかなり支障が出た
不自由で仕方がなかった
そしてYOSHIKIへの親近感が謎に増した
退院後
たまたま知人が運送業の役職管理者だった
私の首の状態を見て
「経緯を聞かせてほしい」と言われ全部話した
「安全管理義務違反になる」と言われ
弁護士を紹介された
労災の弁護はどこの弁護士も嫌がるらしい
状況証拠を確定させるのが難しいと…
でも紹介された弁護士は
「自信があります」と言い
出来高報酬制を提案してきた
「やります」と書類に印鑑を押して
そこからまた小心者の弱虫は流された
刑事裁判と民事裁判では
時間のかかり方が全然違う
刑事裁判の第1審は平均2〜3ヶ月で終わる
全体の約7割が3ヶ月以内だ
でも民事裁判は違う
通常でも平均約10ヶ月
労働関係の案件になると平均17〜18ヶ月
証人尋問が入ったら平均24ヶ月超え
データがそう言っている
私の案件は安全管理義務違反
労働がらみの民事裁判だ
3年かかったのは
異常じゃなかった
そういうものだった
そして私ははじめて
本物の法廷に入った
あぁ
テレビで見てたやつだ
証言台も本当にあった
あの誓いの言葉も
本当に言うんだ
ドラマじゃなかった
相手の弁護士の尋問も
テレビで見たまんまだった
でも一個だけ想定外だったのが
労災事故の民事裁判なのに
プライベートのことまで調べ上げて
追及してくるということ
正直
ストーカーかと思うぐらい怖かった
仕事中に起きた事故の裁判なのに
なぜ私のプライベートが関係するのか
どこまで調べられているのか
何を知られているのか
じわじわと
得体の知れない恐怖が湧いてきた
後で知ったけど
これは珍しいことじゃないらしく
損害額を減らすために
被害者側の健康状態や生活状況まで
掘り下げてくるのが
労災民事裁判の定石なんだそう
あるあるらしい
でも食らった側はたまったもんじゃない
そりゃテレビで「はい私がやりました」って
言いたくなる人の気持ち
ちょっとわかりました
無実でもあの圧力をかけられたら
折れそうになる
終わりが見えなかった
何も悪いことをしていないのに
なぜか「私が悪いことをしたのか」という
謎の罪悪感が湧いてきたりもした
これが弱虫の本領発揮だ
強がって裁判まで起こしておいて
内側はずっとビビっていた
約3年かかって
第1審は相手が勝訴した
弁護士はすぐに第2審の準備を
始めようとしていた
でも私は計算した
ここまでで3年
このまま続けたら
一体何年で終わるんだろう
耐えられなくなり
「もうここで終了させてください」
そう言った瞬間
解放感があった
負けた悔しさより
解放感の方が大きかった
やっと終わった~
それしかなかったのを今でもおぼえてます
弁護士さんにとってはかなりの
赤字案件だったと思う
成功報酬制だったから
私には金銭的な負担はなかったけど
費やした時間は戻らない
お金が欲しくなかったと言えば嘘になるけど
でも今思うと
私が本当に怒っていたのは
あの面接のときの約束が
守られなかったことだったと思う
ただ
よ~く考えるとそれだけでもなかった
私はずっと
人の意見に流されて動いていた小心者の弱虫
面接で流され
入社し
知人に流され
弁護士に流され
裁判を続けた
「やめます」と言ったあの瞬間が
この一連の話の中で
はじめて自分で決めたことだったかもしれない
だから
解放感があったんだと思う
疑問はまだある
答えはまだない
でもそれでいい
ということにした
今のところは
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