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[クラシック] ネイガウスにインスパイヤされて…

 ゲンリフ・ネイガウスの名前に触発され、リヒテルのこと、更にはソヴィエト連邦におけるユダヤ人のことなどを書いてみます。

 Heinrich Neuhaus (1888~1964)、名前を普通にドイツ語読みすれば ハインリッヒ・ノイハウス。その名が示すとおり彼の両親はドイツ系ウクライナ人でした。その時点で既に、後に彼の高弟となるスヴャトスラフ・リヒテルとの接点が浮かび上がって来ます。
 音楽家の両親を持ちながら、自身はピアニストへのアカデミックなレッスンをまったく受けてなかったリヒテルが、ネイガウスとその弟子たちの前で驚嘆すべき腕前を披露し、門下生の列に加えられたのは1937年のことでした。~ リヒテルが子供の頃一番最初に取り組んだ曲が、ショパンのエチュード作品25の5(ホ短調)!だったそうです。世紀の天才と云うのは、そもそも次元が違いますね。

 ドイツ人だった Richter (ドイツ語の意味は「判事」) の父 テオフィール・リヒテルが、スターリン独裁政権下のソヴィエト連邦でナチスドイツとの関係を疑われオデッサで銃殺刑に処せられたのは、ドイツ軍によるウクライナ侵攻直前の1941年のこと。当時リヒテルはモスクワ音楽院の学生として、ある程度護られた環境にいたのは幸いでした。当然ながらリヒテルは生涯、生まれ育った街オデッサのことを良くは言わなかったそうです。

 リヒテルがモスクワに移って暫くの間ネイガウスの家に住まわせてもらっていたと云う事実以上に、父テオフィールの、濡れ衣でしかない不条理な死。父の死後、師ネイガウスとの関係性において、父親への思いに似たものが芽生えたとしても故なきことではないでしょう。

 ところで、ロシア民族と云うのは本当に特別だ、と折りに触れて思い知らされます。悪い意味でも。

 ロシア革命のプロセスはもちろん、人類全体に与えた彼らの負の遺産の最たるもの、それこそが、近隣の東欧諸国を始め中国や北朝鮮、果てはヴェトナムやキューバをも巻き込んだ〈世界共産革命〉でした。
 それに加えて、ロシア人たちに染み込んだ〈反ユダヤ主義〉。先の大戦下、それが最も悲惨な形で現れたのが1941年秋の大虐殺。〈バビ・ヤール〉の谷では2日間で3万人以上とも言われるユダヤ人が殺されました。行為の主体は一応ドイツ軍でしたが、警察など地元民も多く殺戮に手を貸したようです。第二次世界大戦全体では〈バビ・ヤール〉での死者総数は10万人に上るとも。

 後世の私たちには、例えば1962年に初演されたショスタコーヴィッチの〈交響曲第13番〉と云う形でも伝えられています。
合掌。🙏🏼



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