写真集「うつくしい!」言葉と写真に魅了され|文・谷川俊太郎 写真・川島小鳥
逆光運営、児玉です。
谷川俊太郎さんの詩を川島小鳥さんの写真に載せた写真集「うつくしい!」にすっかり魅了されました。
数々の珠玉の言葉と写真の中から、これは!と感じた部分をピックアップしてお送りいたします。
うつくしいいきかた

生き方にもうつくしさがあるという言葉にハッとしました。
何か思うように結果が出ない時や、自分の生活が何だか味気ないのかもしれないと感じたとき。
誰かの派手な生き方や、充実した生活の様を目にしたとき。
その様は、自分にとってうつくしいかどうか
という視点で考えると、全く別の価値が立ち上ってくる気がします。
日々のなんでもないところを愛でられる、今の自分の生き方を、うつくしいと思える自分でありたいし、そう思える人と一緒にいたいなと思った一節です。
うつくしさは変化する

これまでうつくしいと思っていたものがうつくしくなくなるというのは、一見すると何だかさみしい気持ちにもなりますが、自分が変化した証なのだと思います。
それをおそれることはない、という言葉がとても力強く、変わっていくことを肯定してくれるようです。
一方で、自分にとって変わらずにずっとうつくしいと思えることは何だろうと考えたり。
はたまた、例えば東京に出てはじめて故郷のうつくしさを知るような、今まで気づいていなかったうつくしさというのもあるよなあとも。
うつくしさの変化と普遍性について考えさせてくれる一節です。
なもないひとの創作にもうつくしさはある

個人が作品を創って発表する場を運営している者として、この言葉は刺さりました。
時に、なもないひとが表現する意味を考えることがあります。
それこそこの「うつくしい!」のように、誰かの心を打つ作品は、それを創造できる人がやるべきことで、なもないひとはそれを受け取るだけでよいのではないか。
でもこの言葉は、そんな思いを持っていた自分を、すっと一瞬でひっくり返してくれました。
なもないひとが つくったもののなかにも、うつくしいものはたくさんある。

まさに、そう思っているからこそ、自分を含めたなもないひとたちの作品を取り扱っているわけだし、ながあるかどうかに関わらず、
じぶんがうつくしいと感じたものを、うつくしいと素直に思える
誰かのうつくしさの基準ではなく、じぶんがうつくしいと思えるものを愛せる
そういう感覚のひとたちと仲良くなりたいな〜と思ってやっているのが、この逆光なのかもなと思わせてくれた一節です。
川島小鳥さんの写真のうつくしさ

川島小鳥さんの写真は自分にとっては既に当たり前のうつくしさというか、もう随分と前から既知の存在です。
改めてそのお名前を知ったきっかけを辿ってみると、恐らく銀杏BOYZのジャケット写真です。
何枚か撮られているので、どのジャケットで初めて知ったのかどうか記憶が曖昧ですが、この独特の女の子の佇まいや雰囲気は、強くインプットされました。

山梨の八ヶ岳近くにあるギャラリートラックスで開催されていた個展も印象深いです。
言葉にするのは難しいですが、普遍的なうつくしさを感じる写真だな〜といつも思います。

うつくしい!写真たち

久々に写真集を買いました。
うつくしい言葉とうつくしい写真に魅せられて、この文章を書くに至りました。
うつくしい作品は、誰かの心を打ち、何かをしたくなる衝動を起こす。
その一連の流れを自分自身が体験したことそのものが、創作というもののうつくしさのひとつだと思います。
なもない私たちですが、ほんの少しでも誰かに何かを感じてもらえたのなら、それはとてもとてもうつくしい!
そんな誰かに、いつかどこかで、お会いできたら嬉しいです。
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詳しくは下記記事をお読みいただけましたら幸いです!
