〈小説〉スカートとズボンの話 #23
2006年 華28歳
「吉祥寺には詳しいんでしょうね。勤めてもう長いんですか」
「近くの女子大に通ってたんです、勤める前から。もう10年近くになるから、ほぼ庭ですね」
「へえあそこの女子大だったんですか」
男は、意外そうにわたしを見た。
行列の先頭から、食欲を刺激する匂いがただよってくる。
わたしは20分前に出会ったばかりの男と、アーケード街にある肉屋の順番待ちをしていた。男が会うなりここのメンチカツが食べたいと言い出し、共に行列に並んでいるのだ。
「10年前入学なら、歳が近そうだな。女性に歳を聞くのは失礼だけど」
「2001年卒です」
わたしは答えた。
ああそうなんだ、俺は99年卒、同世代ですね、と男は言った。
「就職大変でしたよねえ。俺はなんとか今の所に滑り込んだけど、同期も後輩も少なくて、いつまでも下っ端だし。あなたの周りも大変だったでしょ」
就職難でサラ金に入社した彼氏がいたけど仕事を苦に失踪しました、なんてパンチのきいたネタを披露しても仕方がないので、わたしは、そうですね、皆苦労していましたね、と無難に答えた。
あれから4年、彼の消息はいまだにわからない。生きてはいるらしい、一応元気らしい、というレベルの情報が、風の噂で聞こえてくる程度だ。第一今でも、ネタにできるほど自分の中で割り切れてはいないのだ。
「だよなあ。本当にアホですよね。こんなに採用絞って、将来人手不足になるのは目に見えてるのに」
男はどこまでも穏やかに、世間話を続けている。わたしはなんだか怖くなってきた。
ようやく順番が来た。男はなぜだか威圧感のあるスーツ姿の長身をかがめ、メンチカツ2つ、コロッケ3つ、と注文する。
「おごりますよ」
意外なほど人懐こい笑顔で、わたしを振り向いて言った。やっぱり怖い。これで気を許したが最後、ひと思いに仕留められるのではないか。
でもこうなったのも、すべてわたしの責任だ。覚悟して受け入れなければいけない。怒涛のように過ぎたこの数週間を、わたしは思い出していた。
「いいねえ。全部これに仕立てようよ」
試作品を着た耀子さんを見て、わたしは言った。
フランスから仕入れたヴィンテージの布を耀子さんは、キャミソールワンピースに仕立てた。昔は「スリップドレス」といわれていた、この形のワンピース。わたしは、高校時代のサヤカを思い出した。
小柄でファンキーな耀子さんにも、よく似合っている。もう30代半ばになる耀子さんだが、いつまでも可愛らしいmer bleueの象徴だ。
うんそうしよう、と頷いて耀子さんは、さて、と周りをキョロキョロ眺めた。
「とっとと脱がないと。違法行為だもの」
ワンピースも、れっきとした単筒衣料なのだ。複筒の耀子さんやわたしがこれを着て外出をすると、違法行為になる。
つづく
