お祭りはいつしか #わたしと東京
はじめて降り立った吉祥寺駅で、私は呆然とした。
駅からもアーケード街からも、人があとからあふれてくる。途切れることなく、まるで蛇口を開きっぱなしにしたみたいに。
今日、お祭りなのかな。
本気でそう思った。
進学してはじめて来た東京は、生まれ育った東北の街とは別世界だった。
人の多さだけ、選択肢とチャンスであふれていた。
だから、自分で居場所を選び取ることができる。うまくやるのもやれないのも自分しだい。
友達、アルバイト、個性豊かな街、企画やイベント。次々目の前に現れるそれらを私は、夢中で選び取ってポケットに入れた。
ある時数か月、生理がきていないことに気づいた。
心当たりは特にない。実家の母に電話で「しばらく生理がきていないの」と伝えると、母は低い声で一言「そう」と言った。
まもなく、手紙が届いた。
「体が心配です。夏休みこちらですぐ病院に行ってください」
「お父さんに話すと、『お前はいつもあの子のことを心配しすぎる』と怒られましたが」
大したことないのに。母はどうしてこんなに、私を心配するんだろう。
父はどうして、母を怒ったりするんだろう。
夏休み、地元の古ぼけた総合病院へ行き注射を打つと、数日後あっさりと生理はきた。
「生理きましたね」
診察室で、年配の女医がそっけなく言った。
私は「はい」と一言返し、お礼も言わずに診察室を後にした。
両親と何を話したのか、よく思い出せない。
ただ、ほっとしたのを覚えている。これで母は私を心配しないし、父も私のことで母を怒ったりしない、と。
その後、実家に少し足が遠のいた。
大学を卒業すると私は、そのまま東京で就職した。
がむしゃらに働いていた二十代の終わり、仕事でなじみの駅に降り立った。
電車のホームには、いつものように人があふれていた。今降りた電車からもあとからあとから、とめどなく人があふれてくる。
見慣れたはずの光景に、私は呆然とした。
東京はどうしてこんなに、人がいるんだろう。
いつの間にか私のポケットは、何も入らなくなっていた。
それから私は地元に近い街に帰り、ずっとそこで暮らしている。
東京で過ごした二十代は、今でも宝物だ。夢中で過ごした、お祭りのような日々。
(了)
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ラジオ局J-WAVEとnote共同のお題企画「#わたしと東京」に参加します。
