〈小説〉スカートとズボンの話 #26
「カニちゃんブログ」とは、CuCu専属モデル 蟹江リリのブログだ。「カニちゃん」の愛称で親しまれる彼女は、社会現象といえるほどの人気を博していた。
蟹江リリは単筒のモデルだったが、もう1人、複筒の引田ホノカというモデルとコンビで、誌面を飾ることが多かった。
「大好きな吉祥寺mer bleueさんの、新商品💕
単筒のわたしも複筒のホノカも着られるって、なんて奇跡的なアイテムなんだぁ~!!」
画像の中で蟹江リリは、あのワンピースの下に黒いレギンスを穿き微笑んでいる。
隣には、柄違いのワンピースを着た引田ホノカがいた。スキニージーンズを穿いた長い足が、ワンピースの裾から堂々と伸びている。
「これ、来たね……」
耀子さんがつぶやいた。
蟹江リリが雑誌やブログで取り上げたものは爆発的に売れる「カニ売れ」という現象があることは知っていた。
しかしそれが我が事となると、こんなに売れるのかと驚くばかりだった。2万円近い値段のチュニックワンピースは飛ぶように売れ、在庫はあっという間になくなった。
あまりに売れるので、フランスから素材を追加仕入れするだけでなく、国産の素材で廉価版を作ろうかと計画し始めたほどだった。
しかし、その計画は実現しなかった。
ある日わたしは、パソコンの検索エンジンに「mer bleue」と打ち込んだ。すると驚くような関連ワードが表示され、その場に凍りついた。
mer bleue ワンピース 違法
mer bleue 脱法コーデ
わたしは慌てて、蟹江リリのブログを見た。すると、あのワンピースの記事は削除されている。
どうしたらいいだろう。わたしは買い出しを口実に店を出て、駅前の大型手芸店をうろうろしたが、何も頭に浮かばないまま、店に戻った。
「たった今ね、こんな人が来たの」
店に戻ると耀子さんが、1枚の名刺をわたしに見せた。
そこには
「装美監理庁 査察官 今井 誠順」
と書かれている。
傍らに書かれたメールアドレスを見る限り、名前は「イマイ・セイジュン」と読むようだった。
つづく
