読書感想|門井慶喜「銀河鉄道の父」
宮沢賢治の父・政次郎の目線で描いた、賢治の物語。
2017年下半期直木賞受賞作。
岩手の出身で、子どもの頃から賢治の作品に親しんだ。
学校で「雨ニモマケズ」など詩の暗唱や、童話作品の映像や演劇での上映。かなりの数の作品にふれた。
しかし成長してからは、彼の作品を読むことはなくなった。
「ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ」
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」……
そんな言葉に代表されるような「崇高な思想を持った聖人」イメージの宮沢賢治は、私にとって遠い存在だった。
この本(文庫版)の裏表紙には
「政次郎の長男・賢治は、適当な理由をつけては金の無心をするような困った息子。政次郎は厳格な父親であろうと努めるも、賢治のためなら、とつい甘やかしてしまう」
とある。描かれているのは「聖人」イメージとは正反対の賢治。
父政次郎は家業を切り盛りし大家族を養い文化活動も行う、地元の名士。
対して賢治は、名門中学を卒業しても家業に乗り気でない。たまに手伝っても、満足な仕事ができない。
それでも賢治を信じ、必要な援助を惜しまない政次郎。
清貧でストイックなイメージの賢治が、実は裕福で恵まれた環境の育ちだったのが意外だった。でもだからこそ私は、彼がどうしてこんなにストイックな聖人のような思想を持つようになったのか、わかる気がした。
なんとかして父とは違う、自分にしかできない方法で認められたい――そう考え様々な行動に出て、その先に得られたものなのではないかと。
家業の質店で客と渡り合うような「世間並み」のことができない。
だから頼りない、周りから信頼を集められない。
「そんな自分でもどうにかして、自分にしかできない方法で、何かを成し遂げたい。自分は頼りないだけの人間ではない」
そうもがく姿は、私にも覚えがある。同じように不器用で、周りから頼りないと思われ続けてきたから。
紆余曲折を経て賢治はやがて、教職、農業技術指導、さまざまな文化活動、そして執筆と、私たちの知る彼に近づいていく。
しかし世に広く知られることなく早世した生涯は、最期まで悩み模索し続けたものだったに違いない。
「自分にしかできない方法で何かを成し遂げたい、認められたい」
そんな思いが郷土の巨人にもあったのだと、私は図々しくも、賢治に深く共感してしまった。
妹・トシの描かれ方もこれまでのイメージとかなり違うもので、とても印象的だった。
「永訣の朝」での悲劇のヒロインイメージが強かった彼女が、実はとても利発な超エリート女性だったと知り驚いた。今までのひたすらに哀れなトシ像が一変し、キラキラと描かれていてとても魅力的だった。
熱心なファンの多い巨大な存在である賢治を、よくぞここまで描いたと思う。これだけの踏み込んだエピソードを説得力を持って描くために、執筆そのものの苦労はもちろん、取材や遺族とのやり取りなど、どれだけの労力が必要だったのだろうか。
「自分とはかけ離れた聖人」という賢治のイメージが変わり、彼の苦悩や家族の支えから生み出された作品を改めて読んでみたい、そう思える物語だった。
