〈小説〉スカートとズボンの話 #28
わたしは訳もわからず今井誠順を、メンチカツが名物の肉屋へ案内した。そして訳もわからず世間話をしながら行列に並び、メンチカツとコロッケを彼におごってもらったのだった。
メンチカツとコロッケを手にした今井誠順は、今度はこんなことを言い出した。
「井の頭公園行きたいな。そこで食べましょうよ」
「井の頭公園? けっこう歩きますよ。10分か15分か……」
余裕ですよ、と今井誠順は公園の方向へ歩き出した。
ドラマで刑事が犯人を取り調べるとき、最初は雑談で場を和ませる。犯人が気を許してきたところで、カツ丼が出てきて犯人はがつがつとほおばる。
お腹がみたされた犯人に、刑事は言う。さあ、そろそろお前の話を聞かせてくれないか。田舎のおふくろさん、泣いてると思うぜ……
わたしは今まさに、この犯人と同じではないか。いつ、カツ丼が出されるのだ。もしかしたら、メンチカツがそのカツ丼なのではないか。わたしはいっそう訳がわからなくなってきた。とにかくこれ以上雑談するのは危険だ。いらないことまで喋ってしまいそうだ。
「音楽とか、何聴くんですか。やっぱりミスチルとかですか」
「ミ、ミスチルも好きですけど。えっと」
わたしは、なんとか話を打ち切りたかった。
「Eric Benétとかですかね。最近よく聴くのは」
「あ、ロックよりR&B好きね。いいね、俺もだ」
マニアックなことを言って引かせて話を打ち切ろうとしたのに、話がつながってしまった。
「それだったら邦楽なら断然、平井堅じゃないですか」
「あ、大好きです。『歌バカ』ずっと聴いてます。でもその後のアルバムは持ってなくて」
「あー最近Jポップ寄りだもんね。それはそれで素晴らしいんだけど、R&B好きとしてはね」
なんで、話が弾んでいるのだ。
そんなことを話しているうちに、公園に着いた。今井誠順は早速ベンチを見つけ、あそこで食べましょう、とわたしを促した。
わたしとならんでベンチに腰かけた今井誠順は、あー、と大きく伸びをした。
「鳥の声が聞こえて、緑に囲まれてて。なんかもう、これだけで何もいらないなって思うね」
わたしは耐えられなくなり、あのっ、と声をあげた。
「わたしを、うちの店を取り調べに来たんですよね?」
今井誠順は伸びをした手を下ろし、こちらをまっすぐに見据えて、はい、と静かに答えた。わたしは心臓がどくどくと鳴った。
つづく
