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「多様性」にうんざりの人へ。【読書感想】金原ひとみ「ミーツ・ザ・ワールド」

「多様性」と称する、理解のむずかしい考え方に出会うことが多い。洪水のようにあふれてくるそれ全部に共感し深く考えていたら、正直言って身が持たない。
「ミーツ・ザ・ワールド」はそんな人こそきっと、読んでみた方がいい物語だ。


漫画とそのキャラをこよなく愛する腐女子の由嘉里ゆかりは、美しいキャバ嬢・ライと偶然出会い一緒に暮らすことになる。

「私死ぬの」「理由は分からないけど私はこの世界から消えなきゃいけない」
と語るライに由嘉里は
「人は生きてなきゃだめです」
とうったえるが、ライにそれは響かない。
「楽しいよ。今生きてて普通に楽しい。でもそれとこれとは話が別」
「どんなに楽しくても、自分は存在することを演じてるって思う」

きっと大部分の人はここでお手上げ、静かにライから離れていくだろう。しかし由嘉里はライから離れない。まるでライに恋しているかのような由嘉里は、どうにかしてライに生きていてほしい、と奔走する。


死にたい、死ぬことが自然で幸せだという人たち。この物語では、ライの他にもそんな人たちが出てくる。
あくまで明るく軽く繰り広げられる、由嘉里とライと周りの仲間たちの会話。読み進むうちに「死にたい人間を認めよう」という話ではないな、と気づく。

そもそも社会の秩序を乱す人々を邪魔に思っているのは、人間を社会の歯車としてしか認識していない組織ではないだろうか。実体のない社会というものに迎合することで、喪失する具体的な個人だってあるはずだ。

本文より引用(以下同じ)

幸せやあるべき姿を、人に決められることへの違和感。それを何の疑問もなく「あなたもこうすれば幸せになれる」とすすめることの傲慢。それをライ達は、拒否しているのだ。

死にたいと言う人たち、他、私が思ってもみなかったような価値観を持つ人たち。彼らの話を心から受け入れられるかといえば、正直言ってむずかしい。
しかし巻末の解説にもふれられていたが、これが「生きたい人間」である由嘉里の目を通すことで、とても身近になる。これが「死にたい」側の人間の語りで書かれていたら、頭から否定してしまっていたかもしれない。


由嘉里は、理想を押しつける母に嫌気がさし家を出ながら、どこか自由になれずにいた。

彼女が気にしているのは私の仕事の内容や成果ではなく、結局のところ人間関係なのだ。結局彼女は、女はコミュニケーションの生き物で、恵まれた人間関係さえあれば、幸せだと思っている。

* * * * * * * * *

「私の思う幸せを、あなたも幸せと思ってくれれば良かったって思う。恋愛をして、幸せな結婚をして、子供をつくって、親に孫の顔を見せて」

「腐女子」の自分にひけめを持ち、恋愛と結婚をしなければと焦る由嘉里をライは
「自分が一緒にいて心地いいものとか、好きだって思えるものを思う存分集めて愛でればいいじゃん」
と勇気づける。

ライと出会ったことで由嘉里は、みるみる「腐女子」としての自分に誇りを持ち息を吹き返す。

「多様性」という言葉は一言も出てこないけど、明らかにそれを考えさせる物語だった。「多様性」にうんざりする者へ、本当にその考えのままで大丈夫? それで身近な大事な人を傷つけることはない? と。

あまりにも多様な価値観全てに、理解を深めることはむずかしい。
ただ「そう感じる人がいる」と認めること。
(もちろん、人を傷つけること以外で)
反射的に否定したくなった時は「自分の信じる幸せや価値観を誇示して、気持ちよくなりたいだけなんじゃない?」と自分に問いかけること。
それをやってみてよ、と。


エッジのきいたポップな金原ワールドを堪能しながら、そんな思考訓練のできる物語だった。ネットにあふれる「多様性」におぼれる前に、こういう本を読んでみるといい。


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