〈小説〉スカートとズボンの話 #29
結論から言うと、と今井誠順は、静かな声で言った。
「あなた方を取り締まるつもりは、ありません」
「ほんとですか?」
わたしは、ほっとして全身の力が抜けた。
わたしの言葉に頷いて、今井誠順は、ただし、と言葉を続けた。
先ほどとは明らかに違う鋭いまなざしに、わたしは息をのむ。
「確認したいことはあります。今回のことは、どこかの団体の指示を受けて行ったことではありませんか。反社会的勢力とか」
いえ、違います、とわたしはぶんぶん首を振った。
「じゃあ、政治団体は。例えば、民民党とかね」
違います。わたしは再び、首を振った。
「そうだったのか。てっきり、民民党のサトウアサミあたりが絡んでるのかと思った。だってあなた、サトウアサミと同じ大学だって言うじゃないか」
サトウアサミとは、大学の同級生サトウさんのことだ。彼女は昨年の衆議院選挙で、野党第一党の民民党から出馬し、見事初当選を果たしたのだ。公約はもちろん、女性下衣選択法の撤廃だ。
「いえ、いっさいないです。たしかに彼女とは同じ大学でした。でも話したこともありません」
そうだったのか、と今井誠順は、ベンチの背もたれに背中をあずけた。
「じゃあ、あなたとオーナーさんだけで考えてやったってこと?」
「オーナーには、許可はもらいましたけど。基本はわたしが1人で考えてやったことです」
へえええ、と今井誠順は、急に間の抜けた声でうなった。
「いや、こういうことをね、そのうちどこかがやってくるだろうとは思ってたんですよ。グローバル系の大手とかね。でもまさか吉祥寺のおしゃれな洋服屋さんが、法の盲点をついてくるとは思わなかった」
「法律文を読んでみて、違反と明記されてないからいけるなって思ったんです。あと、最悪違反だとしても罰則はないんだな、って」
すると今井誠順は、呆れた顔で眉をひそめた。
「罰則がないから、って。法治国家でその考えはマズいよ」
わたしはちぢみ上がって、両手と両足を揃えた。
「そうですよね。今後は、慎みます」
今井誠順は、まあいいけど、と笑って、ひとり言のようにつぶやいた。
「普通の洋服屋の姉ちゃんの、考えることじゃねえよな」
わたしは、いえ、普通の洋服屋の姉ちゃんです、とぼそぼそ言った。ほめられているのだろうか、いやきっと逆だろう。すると今井誠順は、意味ありげにこちらを見て笑った。
「そんなあなたを見込んで、お願いしたいことがあるんだ。まあその前に、メンチカツ食おうか。冷めちゃった」
つづく
