〈小説〉スカートとズボンの話 #30
メンチカツは、冷めても美味しい。今井誠順は、旨いなこれ、とあっという間にたいらげた。わたしは隣で、さくさくした衣とメンチの甘みをゆっくり噛みしめた。
「ガイドラインを作るんだ、下衣選択法の。その手助けをしてもらいたいんですよ」
今井誠順は言った。つまり、こういうことだった。
女性下衣選択法は制定の1992年以来なんの改正もしておらず、流行の変遷にまったく対応できていない。それで、今回のmer bleueの一件も起こった。ついては、法律を補完するための詳細なガイドラインを策定したい。今後の流行やデザインの変化に対応し、法の目をかいくぐられることがないように。
「なんでそんなしち面倒くさいことをするんだ、って思うでしょ」
今井誠順はこちらを見て、微かに笑った。
「俺だってそう思う。そんなことをするくらいなら、こんな訳の分からない法律、さっさと撤廃してしまえばいいのにって。俺だけじゃない、我々装美庁の人間も、皆そう思っているんだ」
じゃあ、どうして。驚くわたしに、彼は即座に答えた。
「民民党だよ。今この法律を撤廃すると、彼らを利することになってしまう。自自党としては、それだけは許せないんだ」
政権与党の自自党は、閣僚の失言により、近年人気が急落している。それをすかさず糾弾するのは、野党第一党の民民党だ。
女性下衣選択法は、民民党の与党批判の格好のネタだ。サトウアサミは今やその急先鋒で、お茶の間の人気も獲得している。
だから今これを撤廃してしまうと、明らかに民民党に押し切られた形に見える。それを与党はよしとしないのだ。
「だからまずガイドラインで、下衣選択法を骨抜きにする。もう、単筒も複筒も大して変わらないじゃないか、ってくらいにね。で、もう国民がどうでもよくなってきて、民民党も争点にしなくなったところで、しれっと撤廃する」
そうやって下衣選択法をひっそりと終わらせることが、我々に課された使命なんだ、と今井誠順は言った。
わたしは、ショックだった。もはやこの法律には、なんの意味もないのだ。なのに、こんなくだらない権力争いのせいで終わらせることができないなんて。
「遠回りになるけど、なんとかそこまでやり遂げられたらなと思ってるんですよ。でも我々、服のデザインなんか疎い連中ばかりだからね。どうガイドラインを策定したものか、見当もつかない」
そこであなたの力を借りたいんだよ、と今井誠順は言う。
わたしは、引き受けようと思った。mer bleueという職場しか知らないわたしの、好奇心がかきたてられたのだ。
でもそれだけじゃない。今井誠順の使命感が、わたしに伝播したのかもしれない。こんな風に静かに力強く語りかける人に、わたしははじめて出会った。
つづく
