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すぐに回復しない時間の中で

結果を出したはずのあとに、心や体が急に動かなくなることがあります。

周囲から見れば一区切りついたように見えるのに、当の本人は、どこへ向かえばよいのか分からなくなる。休めば回復するはずだと思っても、思ったほど楽にはならない。そんな「間」に置かれる時間は、どうしても自分の弱さや至らなさに意識が向きがちです。

けれども、聖書に描かれるエリヤの姿は、そのような停滞や揺らぎが、決して無意味ではないことを示しているように思います。「すぐに回復しない」時間の中で、何が起きているのか。きょうは、そのことを少し立ち止まって考えてみたいと思いました。


「すぐに回復しない」ことにも意味がある

きょう読んだ聖書箇所から。

彼自身は荒れ野の中を一日の道のりほど歩き続け、一本のえにしだの木の下にたどりついて座った。エリヤは自分の命が絶えるのを願って言った。「主よ、もうたくさんです。私の命を取ってください。私は先祖にまさってなどいないのですから。」

『列王記上』第19章4節(聖書協会共同訳)

旧約聖書に出てくる有名な預言者(神の葉をかる)エリヤは、この直前で、異教の預言者450人にたったひとりで戦いを挑んで勝利するのですが、異教を奉じエリヤを憎むイスラエル王アハブの妻イゼベルから発せられた殺害予告を受けて、一説によると、うつ状態になったとも言われています。大きな意義を持つ成果を挙げたと思ったら、自分の名誉以前に存在が脅かされる事態になり、意気消沈の果てに死を願うほどに追い込まれたというこの箇所は、現代の私たちもある種の共感を持って読む箇所と言えるかもしれません。

さて、このあとのエリヤはどうなったのか。エリヤが再び立ち上がるまで、いくつかの段階を経ていることが分かります。

  1. エリヤは、逃亡で気力も体力も果てて死を願うほどになったところ、まずは十分な睡眠と食事を得る。

  2. 十分な睡眠と食事のあと、エリヤは旅をつづけるが、神の山ホレブにたどり着いたと思ったら、洞窟に閉じこもってしまう。「あなたはここで何をしているのか」と問われ、エリヤは神に訴える。

  3. 神はエリヤに洞窟から出るよう諭す。その後、エリヤは災害のような自然現象の中に神がおられないことを見る。そして、その後聞こえた「かすかにささやく声」を聞いて洞窟から出る。

  4. 神の前に立ったエリヤは、ふたたび「あなたはここで何をしているのか」という問いを聞き、ふたたび神に訴える。すると神は、エリヤが頼りとできる次世代の王、エリアの後を継ぐ次世代の預言者、そしてエリヤの味方がいることを伝える。

主はエリヤに言われた。「来た道を引き返し、ダマスコの荒れ野に向かいなさい。そこに着いたら、ハザエルに油を注いで彼をアラムの王としなさい。また、ニムシの子イエフに油を注いで、イスラエルの王としなさい。さらに、アベル・メホラ出身のシャファトの子エリシャに油を注ぎ、あなたに代わる預言者としなさい。ハザエルの剣を逃れた者はイエフが殺し、イエフの剣を逃れた者はエリシャが殺すであろう。私はイスラエルに七千人を残す。すべて、バアルに膝をかがめず、これに口づけをしなかった者である。」

『列王記上』第19章15節〜18節(聖書協会共同訳)

この箇所では、バアルに膝をかがめず、これに口づけをしなかった7000人が注目されがちですが、ハザエル、ニムシの子イエフ、アベル・メホラ出身のシャファトの子エリシャ、この3人に強大な力が与えられることにも注目する必要があるでしょう(なお、殺戮が出てくるのは、古代イスラエルという時代背景を踏まえて読むものであって、現代社会で、神の名の下に人を殺していいという意味ではないと理解しています)。

私たちは、苦境にあえぐとき、「すぐに」助けが来ないことを「悪いこと」として受け止めがちですし、「休んだのに」「リフレッシュしたのに」心がもやもやすることに戸惑いがちです。

しかし、どうも、私たちが再び気力と体力を取り戻して、本来の人生に戻るまでには、いくつかの段階があるようなのです。ということは、この苦境からすぐに解放されないのはなぜだろう? と思ったときに、短絡的に自分のせいにしてしまうことには、気をつけたほうがいいのではないか。自分では思いもよらない最善がそのあとに待っているからこそ、苦境がつづいているように見える、ということもあるのではないか。

そのように、受け止めたのでした。

関東は大雪でした

関東は大雪で、あちこちで交通が乱れました。幸い、私自身は大きな影響を受けなかったものの、なかなかの寒さ。路上の雪は消えましたが、植え込みの上などにはまだ雪が残っていました。

今週の予定

note

書けるときに原稿をせっせと書いています。

仕事

祝日が入るので、いつもにも増して仕事を素早くこなさねばなりません。

身の周りの整理整頓や、必要なものの修理など

ちょっとおざなりになってしまっています。いっぺんにできるものではありませんが、祝日を活かして、今月は身の周りの整理整頓や、必要なものの修理などに、自分の時間をできるだけ充てたいと思います。

確定申告

確定申告。時間を多めにとって、集中して仕上げたいところです。

今週のテーマは「ひとりで戦わなくてよいと知る」

以上を踏まえたうえで、自分なりに咀嚼した結果として、今週のテーマは「ひとりで戦わなくてよいと知る」としました。

成果を急がず、すぐに形にならない仕事を続ける時間は、ともすれば不安を呼び起こします。自分のやり方が間違っているのではないか、努力が足りないのではないか、と原因を内側に探してしまいがちです。

しかし、エリヤの物語が示すのは、回復や前進には段階があり、その途中で思わぬリソースが与えられるということでした。それは力や結果ではなく、人であり、次の世代であり、共に歩む仲間です。今期の目標に向けて、私はいま種をまき、体制を整える段階にいます。

内省や自責の視点が不要だということではありません。ただそれは、すべてを自分ひとりで背負うための思考ではない、とも思うのです。

ひとりで抱え込むという無意識の前提を手放し、まだ見えていない仲間の存在を信じること。その姿勢自体が、次の一歩につながるのだと思います。

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