自分あらば「好き」語り・その38——トースト
トーストが好きです。
ただし、「昔から好きでした」と胸を張って言えるかというと、少し違います。トーストは、私にとって長いあいだ「好きなもの」というより、「そこにあるもの」でした。
トーストは、ずっとそこにあった
実家はパンの朝食派でした。平日の朝、台所には決まってトースターの音があり、食卓には焼き色のついた食パンが並んでいました。バターを塗る日もあれば、ジャムの日もある。特別なことはなく、むしろ当たり前すぎて、トーストについて何かを考えることすらなかったように思います。
だから、「自分はトーストが好きだ」とはっきり意識したのは、実はごく最近のことです。気づいてみると不思議なもので、いまでは朝がトーストだと、それだけで一日が少しうまく回りそうな気がします。幸福感というほど大げさなものではありませんが、「今日は悪くない」という静かな確信が、トースト一枚から立ち上がってくるのです。
朝とトーストの相性
トーストが好きなのは、たぶん「朝」との相性がとてもいいからです。朝という時間帯は、頭も身体もまだ完全には起きていません。そんなとき、白いパンがこんがり焼けていく匂いは、目覚まし時計とは違うやり方で、人を現実に引き戻してくれます。
私の生活のなかには、いくつか決まった「トーストの朝」があります。
たとえば、教会に行く日の朝。立川駅の駅ナカにある「ドリップマニア」で、ハニートーストのセットを頼むのが、ほぼ定番になっています。焼いたトーストに、ただはちみつをかけただけのシンプルな一皿ですが、これがいいのです。

トーストには余計な装飾がありません。だからこそ、コーヒーとの相性が際立ちます。はちみつの甘さと、コーヒーの苦みが口の中で重なったとき、ようやく朝が始まったと感じられます。教会へ向かう前の、ほんの短い時間ですが、このトーストの朝があるだけで、その日のリズムが整う気がしています。
通勤路のモーニングセット
会社に行く日の朝も、トーストは重要な存在です。時間に余裕がある日は、通勤路の途中にあるコーヒーショップに立ち寄り、モーニングセットを頼みます。選択肢にトーストがあれば、だいたいトーストを選びます。
JR東日本系列のベックスや、ドトール系列のエクセルシオールにある厚切りトーストのセットは、特に好みです。厚みのあるパンが、外はサクッと、中はふんわりと焼き上がっている。そこにバターが彩りを添えてくれる。このパンの「サクふわ」の境界線と、その間を行き来するバターの「トロっ」を歯で、舌で、で感じる瞬間が、たまりません。

神戸屋キッチンで食べたトーストも印象に残っていますし、たまに入る上島珈琲店のモーニングセットも、頼むたびに少し気分が上がります。トーストは、どこの店でも出てくるメニューですが、焼き加減や厚み、添えられるバターの量で、微妙に表情が違います。その違いを味わうのも、密かな楽しみです。


ピザトーストと、寄り道の記憶
トーストの話をしていると、どうしても外せないのがピザトーストです。チーズとトマトソース、そこに少しの具材。シンプルですが、確実に満足感があります。

そういえば、ドトールでは期間限定でクロックムッシュが出ていたこともありました。トーストの延長線上にあるようで、でも少しだけ背伸びした感じのメニューでした。そうした期間限定のトースト系メニューに出会うと、つい頼んでしまいます。

トーストは、日常のど真ん中にありながら、ときどきこうした「寄り道」を許してくれる存在でもあります。朝の時間は限られていますが、トーストがあると、その短い時間の中に小さな選択の余地が生まれます。その余地が、朝を少しだけ楽しいものにしてくれるのだと思います。
フレンチトーストとの距離感
一方で、フレンチトーストはそれほど積極的に食べません。嫌いなわけではありませんし、美味しいとも思います。ただ、自分から選ぶかというと、そうでもない。これは不思議な距離感です。
考えてみると、理由ははっきりしています。私が求めているのは、あの「トーストの香り」と「歯応え」なのです。卵と牛乳を含んだフレンチトーストのしっとり感は、それはそれで魅力的ですが、サクッとした表面と、噛んだときの軽やかな反発がありません。
トーストをかじった瞬間に立ち上がる、あの香ばしい匂い。そして、歯がパンを割るときの感触。それらが、自分の中では「朝のスイッチ」として強く結びついています。
なぜトーストが好きなのか
それにしても、なぜここまでトーストが好きなのか。改めて考えてみると、答えは意外とシンプルです。
サクサク、ふわふわに焼き上げられたパン。そこに溶けるバター、あるいはジャムやはちみつ。その組み合わせが生み出す香りと食感が、身体に「朝だ」と教えてくれます。
トーストは重すぎません。かといって、物足りなくもない。ちょうどいい加減で、これから始まる一日を後押ししてくれる存在です。
そして何より、その香りと歯応えが、自分にとっては「テンションを上げていく朝の記憶」と強く結びついているのだと思います。子どものころの実家の台所、通勤前の駅ナカ、コーヒーショップのカウンター。そうした記憶が、トースト一枚に折り重なっています。

「好き」は、あとから気づく(こともある)
トーストは、最初から「好きなもの」だったわけではありません。むしろ、あまりにも身近だったからこそ、長いあいだ意識の外にありました。
けれど、生活を重ね、朝の時間をどう過ごすかを考えるようになってから、トーストの存在が浮かび上がってきました。「朝がトーストだと幸せになれる気がする」という感覚に気づいたとき、ああ、自分はトーストが好きなのだな、と静かに納得したのです。
『自分あらば「好き」語り』を書いていると、こうした発見がよくあります。好きなものは、必ずしも派手な出会いとともに現れるわけではありません。むしろ、ずっとそばにあったものに、ある日ふと光が当たる。その瞬間を言葉にすることが、このシリーズの醍醐味なのかもしれません。
昨日の朝も、トーストを食べました(今日、と書きたかったところですが……残念)。特別なことはありませんでしたが、それで十分でした。
たぶん明日の朝も、トーストがあれば、私は少し機嫌よく一日を始められるのだと思います。

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